洗ってないクリーニング問題

洗ってないクリーニング問題

 洗わないクリーニング

 クリーニング業者が、もし、預かり品を洗っていなかったら、大変なことです。究極の手抜きです。しかしながら、クリーニング業界には昔からそういう話があります。「洗ってないクリーニング店は本当にあるのか?」この問題について考えてみましょう。

 クリーニング店が預かり品を洗っていない、という話題は、やはり衝撃的でインパクトが強く、以前よりマスコミに扱われやすく、テレビで扱われたり、何度か記事になったりしています。その度に、どこかの業者(主に規模の小さい個人業者)が「オレは真面目にやっている!」、「バカにするな!」と騒ぎだします。気持ちはわかりますが、この問題を冷静に考える必要があります。

 

1999年、婦人雑誌の問題

 1999年、婦人雑誌の記事に、「おうちでクリーニングが正解」というようなタイトルの記事が出ました。これは当時販売された「ドライマークが洗える家庭用洗濯機」の宣伝のような記事で、クリーニングに関するネガティブな話題をいくつか紹介し、その後で、だから家庭用洗濯機がいい、という結論を見出す、プロパガンダ性の強い記事でした。

 クリーニング店に関しては、「変なシワは機械仕上げのせい」、「シミが付いた服はなんの努力もしないで落ちませんでした」などと悪い印象の文章が並ぶ中、最後に、「あまり汚れてない服は乾燥しただけで包装して返す!?」なる文章がありました。文章には「ある大手に勤めていたという人に聞いたのですが、その工場では洗濯物が届くと、洗うものと洗わないものに仕分けるんだそうです。洗わないものとは、あまり汚れていないもの。乾燥機にかけて臭いだけを取り、そのまま包装して返してしまうんだそうですよ」というのです。要するにそのクリーニング業者は「洗っていない」のだというのです。

 これは、インターネットが登場し、各業者がメーリングリストで語り出した当時のクリーニング業界で大きな話題となりました。「これは本当なのか」ということで、当NPO代表などを含む業界人が出版社を訪れ、編集者に真偽を正しました。

 すると編集者は、十分な取材を行い、間違いなくそのような業者はいるとキッパリと答えました。守秘義務があり、業者の名は聞けませんでしたが、日本を代表する出版社からそのように言われたのでは、これはウソではないな、と思いました。

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 大きな話題となった婦人雑誌記事。「あまり汚れてない服は乾燥しただけで包装して返す」と見出しが付いている。

 

次々出てくる話

 業界関係者はこの話題でしばらく持ちきりになりましたが、そのうち、いろいろこの問題に関する話が出てきました。

 あるクリーニング業者は、近くで営業する激安クリーニングチェーンの工場で、品を洗わずにいたところをパートさんが保健所に連絡し、一週間の操業停止になったというのです。確かに、その会社では以前よりそういう噂があったので、そんなことが起こってもあんまり不思議ではない様にも思われました。

 また、別の地域で展開するクリーニング業者は、激安業者から転職してきた工場作業員が、4月の繁忙期に集荷された品を汚れているものと、いないものに分けているのを発見しました。「何をやっているんだ?」と聞いたら、前の会社の工場では、このようにして、汚れていないものはタンブラー乾燥機で回して返していた、と言われ仰天したそうです。この人はちゃんとした会社の代表者でしたから、「ウチではそんなことはやるな!」と怒ったそうです。こんな話を聞くと、「洗ってないクリーニング」は紛れもなく存在しており、しかも割と業界に浸透していたのでは、とも感じられます。

 クリーニング業界では、低価格の業者は通常の業界団体にあまり顔を出さず、自分達だけの集まりを作って行動します。そういう中で、そんな「裏ノウハウ」が共有されていたのかも知れません。

 また、業界の会合などで、年配の業者の中から「空気洗い」なるクリーニングの手法が話されたことがありました。衣料品の中には、記事がデリケートだったり、水や溶剤で溶けてしまったりと、普通には洗えない製品があります。そういう製品を、乾燥機で回し、ホコリや臭いを取る方法が昔からあるそうです。ただ、これはあくまで洗えない製品にするための方法で、一般品でやったらそれこそ手抜きです(これ自体、誉められた手法ではありません)。しかし、こういう空気洗いという方法から派生して「洗ってないクリーニング」が誕生した可能性もあります。

 2001年頃、業界に「ミストウォッシュ」という洗濯機?が登場したことがあります。これは、構造は基本的にタンブラー乾燥機なのですが、ドラムの周囲に布が貼ってあり、ドラムを回転させてスプレーで溶剤を吹き付ける構造になっています。これなら洗えない衣料(難洗衣料といいます)もできるでしょう。これは、まさに「空気洗い」の派生型でしたが、布の張り替え等の付帯作業にかなりの手間がかかるので、現在ではあまり使用されていません。メーカーも現在は製造販売を停止しています。

 この様に、いろいろな衣料品を扱う中でいろいろな扱い方も登場し、業界は価格競争が激しく、さらには繁忙期には猛烈に忙しくなるので、低価格業者などから、だんだん手抜きが横行してきた可能性もあります。

 しかしながら、業界で大騒ぎになったこともあり、「洗ってないクリーニング」はなくなっただろうと思われるようになりました。

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ミストウォッシュの機種

 

沈黙した全ク連

 1999年の「洗ってないクリーニング」問題は大騒動となりましたが、厚生労働省が唯一認可する団体、全ク連(全国クリーニング生活衛生同業組合)はこの件に関して全く動かず、沈黙していました。

 本来、この様な問題については、助成金も出ている全ク連が動くべきではないかとも思いますが、全く動きませんでした。クリーニング業界ではこのことを奇異に思った人も少なくなかったのですが、実はもうこの頃から全ク連はシェアも低く、何一つ行動できなくなっていたのでしょう。

 ハッキリ言えば、こういう問題について全ク連が無視したというのは、「クリーニングにはインチキが横行している」と認めたようなものです。こういう問題にいち早く対処しなかったら、認可団体の意味がないではないですか。この団体にのみ税金が使われているのに、話になりません。この問題が起こった頃から、全ク連はもはや弱体化し、業界問題には対処できない組織になった事があきらかになったのではないでしょうか。いつもそうですが、業界に深刻な問題が起こっているのに、相変わらず零細業者ばかりを業界に代表に仕立て上げ、知らんぷりしている厚生労働省認可団体には問題を感じます。

 

現代にも「洗ってない」はあった!

 しかし、驚いたことに、「洗ってないクリーニング」は消えたわけではなかったのです。

 2016年春、当NPOにある低価格クリーニング会社の生産担当者から連絡がありました。劣悪な労働環境の現実を知って欲しいというものでした。この方と何度かメールで連絡した後、実際にお会いしました。別の工場にいるという人と二人で来ました。

 このとき私は初対面でしたので、おみやげ代わりに私がかつて書いた本(ニホンを洗濯するクリーニング屋さんの話)を持っていきました。いろいろ話を聞いた後、彼らはこの本を読んでいました。この中には、1999年に起こった「洗ってないクリーニング」のことが取り上がられています。

 彼らがここの部分を見たとき、彼らは顔を見合わせて「俺たちも、これはあるよな」と言いました。

 私はビックリしました。「えっ、今でも洗ってなかったりするんですか!」と聞き直しました。

 彼らによると、彼らの会社は非常に大きく、工場がいくつもあります。この会社はすごく低価格で有名なので、量をたくさん集めないとなりません。また、ワイシャツが安く、サラリーマンが多く利用するので、週末になると猛烈に量が集まります。このため、従業員は夜中の12時過ぎまで働くそうですが、残業代が出ないというのです。

 さばききれない量があつまり、上層部はそういう状況を改善しようとしない。そうなると、現場にはイライラがたまり、手抜きが始まります。最初は洗浄時間の短縮とかですが、行き着く先は、「洗わない」ということです。ここであった人たちはそういうことはしていない、とのことでしたが、他の工場で行われているのだというのです。

 現在でもそういった手法が続いていたことを知り、こちらが驚かされました。

 

現場への過度な加重労働の要求が原因

 この会社の事例を知る限り、「洗わないクリーニング」は、そのような方法を会社が指示したというよりは、あまりにも過酷な労働に現場が耐えられなくなり、作業の手を抜く方向に走ったといえるでしょう。会社はひたすら安売りで品を集め、工場には猛烈な洗濯物が集まっているのに、工場にはそれを納期内に仕上げるだけの十分な設備もなく、人手不足で人員も不足し、夜中まで働かせられるとなれば、逃げ場のない作業員達がそういう行動に走ることになってしまうでしょう。

 勿論、これは作業員ではなく、会社の責任です。できるはずのない仕事を現場に押しつけ、生産計画も立たない作業を延々とさせ、夜中の1時2時まで働かせた挙げ句、残業代も出さないのであれば、そういう方向にいってしまうのは当然です。クリーニングは繁忙期と閑散期の入荷量に激しい差があり、繁忙期には本当に忙しくなるのが常ですが、会社としてはそれを見越していろいろ計画を立てるものです。そういうものを無視したあり方は問題ではないでしょうか?

 仕事が多く、夜までやっても到底全部は仕上げられないと判断すると、工場内では洗い時間を短縮したり、すすぎ回数を減らしたりすることがあるそうです。ドライクリーニングなどは、乾燥時間を短くすると生乾きになり、ドライ臭がプンプン臭うような品が出荷されます。こうやって手抜きが横行し、しまいには「洗い」そのものを短縮することが行われたようです。(勿論、これはよほどのことであり、各地の業者が頻繁に行っているわけではありません。あまりにも低価格で、あまりにも従業員を虐待する会社に限られたことです)

 当NPOにはクリーニング店や工場で働く方々からの相談が寄せられますが、従業員数が2000人を超えるような大手業者であっても、「朝の6時から深夜2時まで働かせられた」、「月に休みが2日しかない」、「月の残業時間が160時間」、「夜中まで働いているのに、残業代が出ない」など、およそ信じられない話が次々と伝わってきます。こんなずさんな労働管理状態であれば、従業員もやる気がなくなって、洗わずに出荷するようなことになるのはむしろ当然ではないでしょうか?この様な問題は、クリーニング業界の労働環境に原因があるということです。従業員を連日夜中まで働かせているような業者は、可能性がより高くなるでしょう。

 タイムレコーダー2

 ある工場作業員のタイムレコーダー、午前6時44分に出勤し、午前2時27分に終了、翌日は午前5時41分に出勤し、午前0時7分に終了・・・。現代の日本の話ですよ。

クリーニング業界のモラル

 また、そういう極端な手抜きが行われてしまう背景には、当業界のモラルにもあまりに問題があるといえるでしょう。そういう事例をいくつか紹介しましょう。

 7,8年前、店頭に「ワイシャツ90円」などと低価格のワイシャツ料金を表示し、顧客がそれにつられてワイシャツを持ち込むと、「90円は真っ白なワイシャツだけです」と店員に言われます。ここでは、ちょっとでも色が付いていたり、ボタンダウンだったりすると別料金なのです。これは景品表示法違反に当たりますが、多くの業者がこんなことを平気でやっていました。(行政に指導され、現在はなくなったようです)

 クリーニング業者が使用する紙製のネームタグに、「御新規様」と書かれたものがあります。初めて来た顧客にこれが取り付けられて工場に送られます。すると工場では特別丁寧に仕上げるのだそうです。新客に良い印象を与えるための工夫といいますが、じゃ、2回目以降はどうだっていいのかよ、ということになります。しかし、こんな小ずるい手法を業界の多くの人がやっていたのです。こんなことを指導して廻るコンサルもいるというのですから呆れます。普通の人だったら、「そんなこと、おかしいじゃないか!」と思うはずですが、クリーニング業者は単に良い方法だと考えるのだそうです。(これは当方が業界団体の機関誌にこの手法のおかしさを指摘し、現在ではなくなっているようです)

 「御新規様タグ」はここに書いてあります。

http://npo.cercle.co.jp/?p=122

 

 ちょっと前まで、クリーニング業界に「花粉を避ける加工」というのが流行し、有料で客に勧められていました。花粉症に苦しむ人は多いので、もしクリーニングの加工でそれが緩和されるのならいいですが、現実にそのようなものは困難でしょう。案の定、単なる静電気防止剤をスプレーする程度で、「花粉防止」などと称している業者もいるほどです。(この様な加工も、当NPOなどの活動により、現在ではあまり行われておりません)

 花粉症の加工は、このサイトで

http://npo.cercle.co.jp/?p=109

 そして、日本のクリーニング業界の低モラルに関しては、最も決定的なのが建築基準法問題です。

 2009年7月、行政に虚偽申請して各地に違法な工場を建て、展開していった業者が朝日新聞によって摘発されたのを皮切りに、事業規模の大小を問わず、多くの業者が建築基準法に違反していることが発覚しました。

 ドライクリーニングで使用する石油系溶剤は引火するので建築基準法により、商業地、住宅地での使用が禁止されています。しかし、違反が業界の慣例の様になっており、国土交通省の調査では全クリーニング所の半分以上が違反であることが発覚しています。ところが、なぜか変な政治家が現れて「クリーニング屋さんがかわいそうだ」と懇願したため、行政処分はすぐには下されなくなりました。しかし、クリーニング業者の多くは開き直って現在でも違法操業を継続しています。

 建築基準法問題は、このサイトで

http://npo.cercle.co.jp/?p=116

 建築基準法問題には煩雑な事情もあり、一概に悪質ということはできませんが、ともかくも、こういう事例が次々出てくるクリーニング業界というものも、大きな問題を抱えているのは事実でしょう。こんなことが次々と起こる業界では、「洗わないクリーニング」が登場するのはむしろ当然ともいえるのではないでしょうか。

 

零細業者がブラック企業の隠れみのになる

 当然ですが、「洗ってないクリーニング」は尋常ではない話です。ウソだと思う人も当然います。

 こういう問題が話題に出ると、いつも個人経営の零細業者から「オレ達は真面目にやっている!」、「オレ達をバカにするな!」と怒りの声が上がります。この人達は、自分が批判されたと思っているのでしょう。

 クリーニング業界には生衛法があり、全ク連は大手業者を追い出した歴史があるので、零細業者が厚生労働省認可の「業界の代表」になっており、零細業者が自分たちこそ業界の代表だと思っている現実があります。実際、零細業者が生同組合の役員を務めています。

 しかし、零細業者は不正な大手安売り業者の現実を知りません。個人経営と大手ではやり方が全く違うのです。それでも、零細業者は自分たちがけなされたと解釈するのです。

 これは、不正なブラック企業の思うつぼです。零細業者がブラック企業の隠れみのになり、自分たちをかばってくれるのです。

 実は、こういった零細業者の抵抗は当NPOにとって、もっとも厄介な問題です。不正な業者を追求しようとしても、零細業者がその前に立ちはだかるというわけです。

 個人経営の業者達には、もっと現実を知っていただきたいと思います。実際、皆さんの市場を奪っているのは不正行為を繰り返すブラック企業なのです。それなのに、そういう業者を批判すると、「オレ達をバカにするな!」はないでしょう。消費者にも迷惑がかかっていることをわかって欲しい。

 

 

 「洗ってないクリーニング」がいいわけはありません。クリーニング業界には、心ある人々も多くいるはずです。規模の大小を問わず、業界の良識派が協力し、業界の不正をなくし、消費者に安心してクリーニングを利用いただくようになるよう、今後とも努力していきましょう。