なぜブラック企業は生き延びるのか?

なぜブラック企業は生き延びるのか?

 クリーニング業界は全ク連、行政、ブラック企業の3すくみ

 

 5月14日に放送された「ビートたけしのTVタックル」では、低価格クリーニング業者の実態が内部告発を含めて赤裸々に暴かれたが、その中で、芸能人の方から、「そんな悪い業者だったら自然淘汰されるはずだ。なぜブラック企業がダメにならないのか?」という質問があった。

 なぜ、ブラック企業は生き残るのか?その点を追究したい。?(文章の中には、他の記事と重複するものも含まれます)

 

全ク連の繁栄と衰退

 明治時代、文明開化とともに日本にドライクリーニング技術が伝わり、以降クリーニングは職人の世界で伝播された。昭和32年、生衛法が施行され、当時の厚生省(現厚生労働省)はクリーニングを含む18業種に生活衛生同業組合を結成させた。選ばれた18業種(理美容業、飲食業、旅館業。銭湯など)は当時、零細業者ばかりであり、それら業種の衛生管理とともに、各業者を保護する目的もあった。銭湯などは、全国一律の料金になった。この法規により、とりあえず昭和30年代はまとまっていた。

 昭和40年頃、クリーニングでは優れた洗濯機や乾燥機、仕上げ機が開発され、生産性が飛躍的に上昇した。そこでクリーニング工場を建て、周囲に多くの取次店を営業する方法で、価格を従来よりも低くして成功を収めた業者が登場した。いわゆる「大手」である。こういう先駆者は営業ノウハウを販売したため、クリーニング業を始める新規参入業者がたくさん現れ、日本中に「大手クリーニング業者」が登場した。彼らは従来のクリーニング料金の半額、あるいはそれ以下で勝負したので、顧客の多くが引き寄せられていった。

 こういう動きに従来からの職人型業者は反発、さまざまな嫌がらせや妨害行為をした。それでも大手の進出はゆるまず、結局は大手が市場の大部分を席巻するに至った。生同組合は大手業者を組合に入れなかったり、大きく発展した業者を組合から追い出したりしたなど陰湿な嫌がらせを繰り返したため、クリーニング業界は大手(従業員を雇って多店舗展開する業者)と個人(生同組合に入り、家族で営業する業者)に二分された。

 大手業者の進出により、生同組合系の個人業者はどんどん衰退した。ピーク時には4万人が入っていた生同組合も、現在では9000人を割り込んでいる。街の中で目立つクリーニング店はほとんどが大手のものであり、市場は事実上大手業者の寡占状態となった。

 

大手業者の安売り合戦

 市場を奪った大手業者達は、昭和の時代は比較的友好関係があったものの、平成の世になると野心的な業者も各地に登場、お互いが拡大指向を持ち、やがて大手業者同士がバッティングするようになった。

 クリーニング業界において大手業者は、かつての生同組合の顧客を奪う形で発展した業者がほとんどであったので、低価格で顧客を集める「価格戦略」で市場に挑戦した。優れた機械を持ち、生産性の高い工場を持つ大手クリーニング業者はたいていが低価格で客を集めていった。

 しかし、昭和40年代から現在にかけて、どのクリーニング業者も、低価格を凌駕する手法を生み出すことはできなかった。いろいろなセール、朝出して夕方仕上がり、11時お預かり、5時お渡しなど、次々とノウハウは登場したが、安売りセールを越える手法を生み出すことはできなかったのである。かくしてクリーニング大手業者の多くは、低価格競争を繰り広げ、それは現在に至っている。大手クリーニング業者の多くは、低価格競争の呪縛から逃れることはできなかったのである。それが、約50年間続いている。

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クリーニング業界のブラック化

 資材や人件費が何倍、何十倍になっているのに、価格があまり上がらない状態で経営が安定するわけがない。さりとて各業者は競争相手のことばかり気にかかり、値段を上げることができない業者ばかり。このような状況で起こるのは次の二点である。

 まず、低価格を補うため、怪しげな商法が流行りだした。最初からシミ抜き料金を取ったり、○○加工と称して加工製品を乱発する業者が現れた。一つの製品に3つの加工を付けたり、「花粉を防止する加工」など効果が不明の製品は、消費者の利益を奪うものである。その中で「実は洗っていない」という業者の究極の手抜きが1999年にマスコミに取り上げられた。

 次に、雇っている従業員の給与をあの手この手で下げたり、残業代を払わない労働基準法違反の業者が続発した。いわゆる「ブラック企業」となったクリーニング業者が登場したのだが、もともとクリーニングは生衛法で「従業員のいない、小規模な事業」という解釈が成されているので、行政の監督もかなり緩かった。こういう過酷な環境の中で働く人たちの中には外国人技能実習生も含まれている。

 

全ク連の居直り

 しかし、この様な不正行為が業界に溢れているにもかかわらず、厚生労働省や彼らが認可する唯一の業界団体、全ク連は何一つ動かなかった。本来であれば、組合員である業者(ほとんどが年商1000万円以下の、個人経営の業者)を守るため、大手業者の不正行為を糾弾し、あまり変な商法が横行しないように努力するのが法定認可団体のつとめだろうが、事実上、大手業者のなすがままに放置している印象だ。

 この理由は、全ク連にも事実を公表されたくない実情があるものと思われる。彼らは全くの零細業者の団体と化しており、実際にクリーニングを利用する消費者にほとんど影響力を持たない。そういう人たちが「業界の代表」を名乗っていることを一般には周知されたくはないだろう。

 また、行政から支出される助成金などは全ク連にしか流れない。国の援助を独占するためにも、事実は知られない方がいい。彼らは零細業者の集団でありながら、いつも超一流ホテルで会合を行っている。

 東日本大震災の際も、災害復興資金が支出され、被災地に仮設工場が建設されることになった。ところが、この資金は現実には被災県理事長の工場に充てられ、その後わずか三年で機械一式は約10分の1の価格で理事長に引き取られた。まるで森友事件を思わせる出来事である。

 この様に、法定認可団体は行政から優遇され、あまい汁を吸っている。ただ、これはほんのわずかな上層部だけである。

 

天下り機関、生活衛生営業指導センター

 平成元年より47都道府県の一等地にそれぞれ生活衛生営業指導センターが開設された。これを、東京にある全国生活衛生営業指導センターが統括した。

 生活衛生営業指導センターのホームページには、「設立の経緯等」として次のように記されている。

 理容業、美容業、クリーニング業、旅館業及び飲食店営業等の生活衛生関係営業(略称:生衛業)は、理容師法、美容法、興行業法、クリーニング業法、公衆浴場法、公衆浴場の確保のための特別措置に関する法律、旅館業法の各業法及び食品衛生法に基づき、主として公衆衛生上の見地から特別の監視指導が行われています。その営業の大部分は経営基盤が脆弱な中小零細企業であるため、ともすれば大企業の進出や業者間の過当競争により経営が不安定に陥り易く、ひいては適切な衛生水準の維持向上が阻害される傾向にあります。

 このような現状から厚生労働省においては、生衛業の健全な経営の確保を図り、これにより公衆衛生の維持向上を期するために、生衛法に基づき、生活衛生同業組合(以下「生活組合」という。)及び生活衛生同業組合連合会(以下「連合会」という。)の設立の促進に努め、これらの組合を通 じて営業者の自主的活動の促進を図ってきました。

 しかしながら、昭和50年代にはいると生衛業を取り巻く経営環境は、社会経済の構造変化などから営業施設の年々の増加による過当競争、大企業の進出による事業分野の紛争が生じるなど、ますます厳しい状態になり、このような諸情勢に対応し生衛業の振興及び経営の安定を図るため、昭和54年に財団法人全国生活衛生営業指導センターが設立されました。

 

 これは全く持って意味不明、あるいは意味のない説明である。クリーニングに限らず、生衛業各種は現在、大手企業によって市場が占有されており、消費者の大部分は大手業者を利用している。文体では零細業者の救済という目的が感じられるが、現実にはその様なことで役立っているとは到底思えない。何の意味もない組織である。

 衛生水準の維持向上とあるが、生衛法が施行された昭和32年ならともかく、現在では公衆衛生が格段に向上し、生衛が阻害される要因などは見当たらない。これから何を使用というのか。

 また、「大企業」の進出とあるが、大企業もまた生衛業種であり、同じ仕事をしている。「零細業者の救済団体」というならわかるが、その様な行為は皆無。文面の通り読めば、大企業は生衛業の範疇には入らないとも取れる。クリーニング市場の大半を占めるのが大手企業だが、それは無視するということか?それではまるっきり意味がないだろう。

 要するにこの組織は何の意味もない、厚生労働省の天下り組織なのである。

 そしてこの団体の業務は、HPを見る限り、多くがクリーニング業に関するものである。生衛業種は現在16業種あるのに、クリーニング業だけが突出しているのである。これは、他の業種(飲食業、理美容業など)がつかず離れずの大人の対応をしているのに対し、クリーニング業者が一番手なずけやすく、利用しやすいからである。かくして全ク連(クリーニング業)と天下り先のダラダラの関係は続き、周囲に多大な迷惑をかけながら、お互いの利益を守り合っている。

 零細クリーニング業者には職人型の人物が多く、こういう人たちは高齢になっても仕事をやめない。70代後半、80代といった後期高齢者が年功序列で各生同組合の理事長を務めることが多い。彼らの多くは叙勲に大きな憧れを持つ。これを知る天下り先は、高齢なクリーニング業者に勲章をちらつかせながら、言うことを聞かせるのである。

 生衛法が昭和32年施行当時の業界状況を反映させて成立されているため、天下りを維持するためには、昭和30年代の状況であるとすることが必要。そこで行政は、今も変わらぬスタイルで稼働する零細業者を業界の代表に仕立て、「だから行政の介入が必要」と、自分たちの必要性を強引に強調し、天下りを維持しているのである。

 この様に零細業者の集団である全ク連と、厚生労働省及びその天下り組織「生活衛生営業指導センター」は、お互いの利害のため蜜月関係にある。2012年には、東日本大震災の復興資金で被災地に仮設工場を建てる計画があったが、全ク連は被災地理事長の所有する工場などだけに予算を使用し、週刊誌に摘発される不祥事を起こしている。

 仮設工場に絡む不祥事のサイトはこちら

http://www.cercle.co.jp/blogs/?p=174

 

ブラック企業の勃興

 昭和32年施行の生衛法が今も変わらず運用され、クリーニングは労働者のいない、親方と丁稚の徒弟社会とみなされている。現実には何百人、何千人もの労働者を抱える大会社も存在するのに、それが、「いないこと」にされている・・・。この様な現実離れした状況で、一番喜ぶのはブラック企業である。

 21世紀を迎えた2001年頃から、クリーニング業界では低価格を売り物にした業者が急成長し、同業他社を吸収しながら規模を拡大していった。各地に登場した低価格業者達は、不正な方法も平気で行うブラック企業となった。

 クリーニングのブラック企業の手口は、おおよそ二つである。

 一つは、クリーニング作業の経費節減を実現するための手抜き、ゴマカシといったファールプレイである。低価格で客を集めるもの、その後で意味のない追加料金を連発したり、収益性を優先して違法な場所に進出する(建築基準法違反)である。クリーニング業界では誰も止めないので、悪いことをすればするほど儲かる様になり、悪いことをした順に売上が上がっていった。

 もう一つは、従業員に対する人件費の不当な引き下げである。サービス業を運営する上で、一番大きな比重を占めるのは人件費である。この人件費を節減すれば経済効果は大きい。そこでブラック企業は、様々な労働基準法違反を仕掛けていく。クリーニングは「従業員がいない職業」になっているので、悪いことはやり放題である。当NPOに寄せられた従業員の苦情だけでも、こんなことがある。

○残業代を払わない(タイムレコーダーがない)

○完全ワンオペ制(できるはずのない量の仕事を課し、二人でやってもワンオペだからと一人分の給料しか払わない)

○紛失品などを店員に自腹で支払わせている。

○「互助会費」と称し、従業員の給与から無断で一定額を天引きし、会社行事に充てている。

○掃除用具やボールペンまで必要経費を従業員に支払わせている。

○一定の売上を達成しないと、残業代を支払わない。

○工場作業員に通常の倍の仕事を要求している。

○受付店員で、一ヶ月に2日しか休みがない。

○朝の5時から深夜2時まで働かせる。

 全ク連は従業員のいない業者がほとんどなので、業界で労働問題が話題にならない。労働基準監督署も生衛法の影響なのか、あまり目を光らせない。そのためブラック企業がやり放題となる。

 この様な状況により、クリーニングの世界ではブラック企業が業界の主流になったともいえる。他の会社は、普通のやり方ではブラック企業には勝てず、悪いと知りつつブラック企業が行うような不正に手を染めていくようになる。ブラック企業の不正なやり方は、裏ノウハウとなって、やはりブラックな業界のコンサルタントによって業界中に伝わっていく。この様にして、クリーニング業界では一部のブラック企業がイニシアチブを取り、ちょうちん記事連発の業界紙はいつもブラック企業の攻勢を記事にし、ブラックなコンサルタントのセミナーを告知した。こうなると、「ブラック企業」というよりは「ブラック業界」である。

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 残業代をまともに払わないクリーニング業者を「極悪ブラック」と批判する記事

業界の三すくみ

 以上のように、クリーニング業界は生衛法という古くさい、現代には通用しない法律の影響と、規模の大小を問わず、各業者のいがみ合いにより、三つの組織の三すくみ(あるいは三つの相互協調)という状況になっている。

 生衛法によって生まれた全ク連は、実際には市場のほんの少しでしかない状態でありながら、行政から流れる助成金や補助金をすべて受け取り、利権を独占している。法的には「業界の代表者」なので、零細業者だけの市場の敗北者であることを認めたくない、知られたくない。

 行政は、全ク連を自由にコントロールすることにより、意味のない天下り先を作っている。この実情を知られたくないので、現状を維持しようとする。

 ブラック企業は、全ク連と行政によって作られたこの状況が、彼らが勢力を伸ばすのに最も好都合である。これにより、現状を指示している。

 この三つの利害が一致し、現在の状態が作られているのである。これがまさに、クリーニング業界の三すくみである。

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ブラック企業を糾弾しようとすると、個人経営の業者が自分が責められたと勘違いして前に立ちはだかる様子のイメージ図。

 

ブラック企業を擁護する全ク連

 2013年、当方は著名な消費者団体に呼びかけ、いろいろな資料を持参し、クリーニング業界の実情を知ってもらおうと詳しく説明した。消費者団体ではこれに快く応じてくれ、この団体の機関誌に、不正な業者の行為をいくつか紹介してくれた。消費者団体なのだから、消費者を保護するためにこういったことを紹介するのはある意味当然である。

 ところが、こともあろうに全ク連がこの記事にクレームを付けてきた。「誰があのような嘘を言ってきたのか」などと消費者団体に詰め寄ったのである。その記事で書かれたことは、それまで業界で起こったことばかりであり、すべて事実だった。それをウソだというのが全ク連である。

 なぜ全ク連はウソだ、というのか?それは、全ク連にとっては、クリーニング業界が組合員以外の大手業者によって市場を占有されているという事実を知られては困るからである。全ク連は、年商1000万円以下の零細業者の集まりであり、市場から追いやられた敗北者の集団だと知られることは、厚生労働省が唯一認可する団体としては恥ずべきことである。これでは、助成金ももらえなくなり、零細業者の憧れである勲章も授与されなくなるかも知れない。超高級ホテルで会合を行う日々も終焉してしまうかも知れない。それは困る、だから世間一般に現実を知られたくない・・・というわけだ。

 この様に、ブラック企業が不正行為を繰り返しても、厚生労働省が認可する全ク連がそれはウソだと抗議する。これは、クリーニングの不正行為を、業界全体で隠蔽するような行為である。ブラック企業も、零細業者の団体である全ク連も、「実態を知られたくない、いろいろ秘密にしたい」という点で一致しているのである。まさにブラック企業の思うつぼである。これにより、業界がますますブラック化してゆく。

 主婦連

 消費者団体の記事。書いてあることはすべて現実にあったことなのに、全ク連がもみ消しに入った。

三すくみの弊害

 最悪の三すくみにより、多くの人々が被害を受けている。

 最初の被害者は消費者である。業界内に変な商法がはびこり、わけのわからない追加料金が取られている。最初からシミ抜き料金を取ったり、同じ製品に三つの加工を同時に取ったり、効果不明の加工、二重価格、荒唐無稽なクリーニングがあったりと、きりがない。本来はそんなに騒がしい商売でないクリーニングが、ブラック企業によっていびつな追加料金産業にされてしまった。規模で言えば、日本国民の大部分が被害を受けているともいえるだろう。

 次の被害者は、働いている人々である。法治国家である日本において、労働基準法を全く無視し、残業代もまともに支払わず、一般の人々を夜中まで働かせるなど、異常極まりない。おかしな企業がいっぱいいるのに、全ク連はこういった問題に全く目を向けない。こういう人たちが国から勲章を授与されたりするのは、全く奇異としか思えない。

 こういう三すくみの状況を知れば、悪いのがブラック企業だけではないことがわかるだろう。クリーニング業界には、関連する行政や業界団体もブラック企業を応援している実情がある。三つのエゴが偶然にもお互いを救い合う形になっているのである。

 これをどう切り崩すか、それがこれからの課題である。