クリーニング業界と同様なQBハウス問題

クリーニング業界と同様なQBハウス問題

 時代に合わず、人を苦しめる古い法律の撤廃を

 

QBハウス問題

 クリーニングの労働問題等を扱う労働組合など関係者から、現在、理容店のQBハウスで問題が起こっていると話があった。同社の求人サイトに申し込み入社してみたら、雇用主が同社ではなく、同社と業務委託契約を結んでいた店舗の個人事業主だったという。

 有名な会社に入社したら、雇用主はその会社ではなく子会社、あるいは取引先だったというわけである。そういった子会社などの事業主は労働法規を詳しく理解しておらず、社会保険未加入だったり残業代が払われていなかったり問題が多発しているという。

 QBハウスに限らず、理美容業界ではこのような形態で業務を拡張している業者が増加しており、新しい社会問題として注目されている。

 

クリーニングのオーナー問題と酷似

 QBハウスの問題は、クリーニング業界のおけるオーナー問題と大変似ている。クリーニングの世界では、市場の大半を占める大手業者の営業手法はほとんどどこも同じ。一つの工場を建てると周辺地域に10店程度の店舗をオープンさせ、品を集めて配送車で集荷する手法が取られている。これら店舗で店頭に立つ店員を通常の雇用でなく、「オーナー」として会社とは取引先にする手法が業界で流行している。オーナーは取引先なので労働基準法の適用から免れる。

 クリーニングのオーナー制は、業者の単価が高く、売上が安定していれば何の問題もない。むしろ普通に働くよりも収入がはるかに増え、オーナーには喜ばれている。問題は一年中セールを行う安売り店のオーナーである。単価が低ければ仕事が膨大に増え、オーナーは大変な残業を強いられる。ひどい会社では紛失品の賠償までオーナーが負担させられている。当NPOに寄せられる相談もオーナー関連の問題が多い。

 理美容業界もそうかも知れないが、クリーニング業界は過酷な労働環境など数々の労働問題を抱えている。熾烈な価格競争が半世紀以上も続くクリーニング業界では、労働環境を整える余裕がなく(あるいは業者が労働環境の整備など念頭になく)、ただただ不毛な半額セールが延々と繰り返されている。労働基準法に関連がなく、社会保険料も支払わなくて済むオーナー制は彼らにとっては渡りに船。多くの業者が次々と採用している。オーナー制は低価格の業者には全く向かないやり方だと思うが、現実には低価格で一年中セールの業者ほど活発に募集しているのが現状である。オーナー制は業者の「賃金払い逃れ、保険料逃れ」の手法ともいえるが、理美容業界においても、コストのかかる労働管理、雇用管理などを子会社に任せるのなら、構造はかなり似ている。

 クリーニングのオーナー制については、こちらのサイトで

オーナー制で困っている方々へ  解決への糸口があります | NPO法人クリーニング カスタマーズサポート (cercle.co.jp)

 

古い法律で管理される生衛業

 理美容業やクリーニングで起こっている問題はなぜ放置されているのか。これにはまず、日本の古い法律、生衛法について説明しなければならない。

 理美容業やクリーニング、飲食業や銭湯など生活衛生に関わる職業は、生活衛生関係営業と呼ばれ、厚生省(現厚生労働省)の管轄となっている。戦後、これらの職業は進駐軍の統治下でそれぞれ理容師法、美容師法、クリーニング業法などの資格を持つ人の職業となった。

 かつて、これらの商売には徒弟制度があり、理容師、美容師、クリーニング業など、それぞれの職業を志す人はまず既存の業者に弟子入りし、食事とすまいを提供してもらい、代わりに労働力を提供しながら仕事を覚えていった。いわゆる丁稚(でっち)制度である。こういったやり方は日本に労働基準法が施行されても続いていた。しかち弟子達にとっては、将来、自分の店を持って一国一城の主となる希望があった。国がまだ貧しかった時代には、給料をもらえなくとも、将来開業できるのならそれもよしと考えたのである。クリーニングでは、弟子の独立に関しても業者はよく面倒をみていた。

 昭和30年頃、これら生活衛生の職業に価格競争が起こった。当時は小規模な業者しかいなかったため、生活ができず廃業する業者が続出した。そこで昭和32年、これら業種を守るため、新たに生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)を施行した。生衛法の第一条は、「この法律は、公衆衛生の見地から国民の日常生活に極めて深い関係のある生活衛生関係の営業について、衛生施設の改善向上、経営の健全化、振興等を通じてその衛生水準の維持向上を図り、あわせて利用者又は消費者の利益の擁護に資するため、営業者の組織の自主的活動を促進するとともに、当該営業における過度の競争がある等の場合における料金等の規制、当該営業の振興の計画的推進、当該営業に関する経営の健全化の指導、苦情処理等の業務を適正に処理する体制の整備、営業方法又は取引条件に係る表示の適正化等に関する制度の整備等の方策を講じ、もつて公衆衛生の向上及び増進に資し、並びに国民生活の安定に寄与することを目的とする」とある。該当する職業の業者が健全な運営をすることと、なにより価格競争などを規制してトラブルの発生を抑制する目的があった。

 この法律により、理美容業、クリーニングなど18の業種は都道府県ごとに生活衛生同業組合が結成され、中央の組織がそれらをまとめた。各業種の中ではしばらく価格競争はなく、たとえば銭湯などは全国一律で統一料金となった。しばらくすると行政は各業種を管理する「生活衛生営業指導センター」なる組織を開設した。

https://www.seiei.or.jp/top/index.html

(生活衛生営業指導センターのHP)

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時代遅れとなった生衛法

 しかし、生衛法には根本的な弱点があった。業界が職人だけの世界なら、生産性が一律で問題がないが、各業種で高い生産性を生み出す機種やノウハウが生まれると、業者の中に格差が生じ、それが業者の格差を生み出す。いち早く近代化したのはクリーニング業だった。1960年代中頃、生産性の高い洗濯機や乾燥機、仕上げ機などが開発され、一部の業者はそれらを武器に安い価格のサービスを開始した、品がたくさん集まるよう、受付だけを行う取次店をたくさん開店した。こういう業者は人を雇って「企業」となり、既存業者が家族による家内工業だったのは別物になった。市場を奪われた既存の生同組合は反発したが、「クリーニングは儲かる」と考えた人々がたくさん業界に参入、市場は大手業者に奪われていった。

 やがて、寿司屋には回転寿司が登場し、飲食業界にはチェーン店、理容業には1000円カットが登場した。生営業各業種で、生同組合に加盟していない大手業者が市場を奪っていった。各業種で生同組合でない業者のシェアが圧倒的になったので(業種によって差はあるが)、生衛法は全く意味のないものになった。特にクリーニングなどは、生同組合は単なる弱者の集団になった。

 今や生活衛生の業種も昔ながらの職人はほぼいなくなり、市場シェアは多くが多数の労働者を雇う企業が占めている。そういう状況の中で「飲食店やクリーニング屋はみんな従業員のいない家内工業」を前提とした法律に当てはめること自体がおかしい。生衛法は完全に時代遅れとなり、その弊害に多くの人々が悩んでいる

 

利権を手放さない業者、政治家、行政

 しかし、それでも生衛法は昔のまま変わらない。何一つ管理ができないのに、意味のない法律を昔のままにしているのである。その理由は、生衛法の施行により各方面に利権が発生し、それぞれが利権を手放そうとしないからである。

 クリーニングの事例を挙げてみよう。まず生同組合に属する業者は、補助金などいろいろな利権を与えられ、同業者が加盟しようとしても入れてくれない。利権を独占するためである。政治の世界には「クリーニング議員連盟」なるものがあり、選挙のときには票をねだる。行政の機関であり各都道府県にある生活衛生営業指導センターは天下り先である。このような組織は何の意味もないが、行政の都合で税金を注がれている。

 

 講談社新書、「「天下り」とは何か(中野雅至著)」には、この三者の関係が非常にうまく書かれている。

 国内サービス業の中には、このように競争によるパイの縮小を恐れて役所に規制や保護を訴えるところがあります。役所はそんな業界の要請に応えて経済的規制を作り、その見返りに業界団体や関連企業への天下りを求めます。そして、政治家は規制緩和の圧力から業界を保護しようと役所に働きかけ、その見返りに政治資金を得ます。政治家は政治資金を、官僚は天下り先を、業界は経済的利益をそれぞれ得るわけです。だから政官業癒着と呼ばれます。非常に巧妙な仕組みです。

 ただ、現実はもっとひどい。政治や行政がクリーニングなどの業界全体を相手にするのならいいが(それでも中野氏の文章のような状況になるのだが)、現実には、クリーニングの場合、政治、行政は業界シェアの1割に満たないごく一部の業者しか相手にしない。そうなると、市場の大半を占める大手業者はレフェリーのいない格闘技のような状況となり、反則(違法行為)が自由の世界となる。そうなると法律を平気で破るブラック企業が大手を振って闊歩するディストピアの業界となるのである。クリーニングはまさにそういう世界である。

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ごく一部の業者、政治家、行政が絡み、社会を悪い方向に向かわせているのを端的に示した図。ブラック企業は日本固有の問題であり、それは政治、行政を含む社会のあり方が生み出した弊害である。

QBハウス、プレスリリースの問題

 労働組合立ち上げなど問題発生を受け、QBハウスはプレスリリースを発表した。QBハウスは社内でアンケートを採り、問題解決に当たっているようだ。

 しかし、最後の部分にある文章には多いに疑問が残る。その点を抜粋してみよう。

 

「創業者を含め理美容師の資格を取得していない経営陣であったため、理美容師の方々の 採用や育成、そして何よりも求心力が大きな経営課題となりました。そこで、2000 年頃か ら導入されたのが、店舗運営を理美容師の資格を保有する親方の方々に委託するという制 度でした。」

 これはおかしな話である。理美容店を開設するには、それぞれ理容師、美容師の資格が必要である。資格無しに開業できるはずはない。最初から資格がなかったというのは疑問だ。また、「親方」と表現しているのは地域で小規模に経営する業者を指すものと思われるが、そういう人たちに大きな求心力なるものがあるとも思えない

「技術者同士は徒弟関係による絆が強く、技術力の高い、人間性の高い、面倒見の良い理美容師の親方の方々に業務受託者として、人を集めて、育成して、高い求心力をもって QB ハウスのサービスの礎を大変な苦労を重ねながら確立していただきました。」

 大昔ならそうだったのかも知れないが、今どきどんな商売でも徒弟関係などあるとは思えない。また、「親方」が人格者である保証はない。クリーニング業で見る限り、偏屈で時代遅れの頑固者といった印象だ。平気で建築基準法違反の違法操業を続ける業者ばかりだ。また、そもそも「親方」なんていう呼び方が時代遅れである。昭和30年代の貧しかった時代、昔の親方は、技術を教えるという前提で弟子に無償労働をさせていた。昔は理美容でもクリーニングでも将来は独立、ということを前提にしていたからできた話であり、独立開業などというのがほぼ困難な現在、これは通用しない話である。

 ちなみに、信じられないかも知れないが、クリーニングでは、経営に成功した?業者に、他の業者の師弟を預かる習慣が現在でも残っている。そういうところでも、残業代が出ないなど問題が起こっている。

 こういった文章を読む限り、QBハウスは生衛法という大昔の法律をむしろ活用し、「親方」などという死語まで持ち出し、労働基準法が守られていなかった時代の雇用方法を現代の自社に当てはめ、不正なやり方を正当化しているのではないかとも思える。百害あって一利なしの生衛法をうまく利用しているのである。他の商売であり詳しくわかるわけではないが、そうだとしたら、大変狡猾なやり方である。

 

古い法律の撤廃を

 クリーニングでも理美容業でも、業界の健全な発展を妨げ、昭和30年代の劣悪な環境を現代にも継続させているのは紛れもなく生衛法という時代遅れの悪法である。「理美容業やクリーニングは今でも徒弟制度が続き、飲食業などもすべて小規模で従業員などいない」と決めつける悪法を政治家や行政が支援し、維持させているのはまさにこれこそが日本の劣化に他ならない。

 とりわけ生衛法の被害を受けるのは、生活衛生関連企業で働く労働者である。NPO法人クリーニング・カスタマーズサポートが受ける相談で圧倒的に多いのは、クリーニング業界で働く労働者達からの労働相談である、残業代が出ない、保険に入れない、品を自腹で弁償させられたなど、労働法を根底から守っていない話ばかりである。この原因は業界のモラル低下に加え、各業者が低価格競争を続け、賃金が上がらないことにあるのだが、生衛法は本来、価格競争を防止するために施行された法律のはずである。しかし、現実には業者、政治、行政のエゴのため、価格競争を防止するはずの法律が、かえって業界の価格競争を煽っているという皮肉な結果になっているのである。こんな法律はさっさと廃止すべきである。

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悪法を撤廃して豊かな社会を!