コロナがあぶり出した生衛法の弊害

コロナがあぶり出した生衛法の弊害

    GO TOの影にある生活衛生同業組合

 goto

GO TOは旅館ホテル生活衛生同業組合からの要請か

 新型コロナウイルスの蔓延が、年を越えても止まらない。いやそれどころか、ますます感染者が増え、大変な状況になっている。まさか、年を越えて継続するとは、一年前に誰が想像していただろうか。第一波が収束した頃、人々はこれでほぼ大丈夫と安心していた。ところが第二波、第三波とどんどんふくれあがり、医療関係者は大変な苦労を強いられ、今や崩壊寸前である。

 病気の症状による被害もさることながら、経済への影響も深刻である。飲食店、宿泊施設が打撃を受けている。クリーニング業も人が外へ出なくなり、在宅ワークが増えれば需要は大きく減少する。祭りやフェスティバルなどのイベントが中止されればさらに需要も下がり、安定しているのは寝具くらい。これではこの先が本当に心配だ。

 深刻な経済への影響を考慮し、政府はGO TOキャンペーンを開始した。経営が苦しい旅館、ホテル業界を助けるため、旅行代金を割引し、現地で使用できる地域共通クーポン券までもらえるのはお得感が強い。旅館やホテルはいくらかは助かっただろう。

 こういった支援は、宿泊業界とつながりの強い自民党の最大実力者、二階幹事長と管首相が絡んでいるとネットに書かれている。選挙の際は全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の支援があるという。苦しい業界を政治の力で救うのは大変結構だが、感染が爆発した第三波の時期にもなかなかGO TOを止めなかった。いつまでも止めない政府に苛立った人々の怒りが支持率に表れると、ようやく首相も重い腰を上げた。国民の健康、安全よりも、自分たちの票の方が大切なのかという悪いイメージは免れない。GO TOによって一時潤った業種があっても、後で感染拡大なら経済は閉塞し損害はさらに大きくなるだろう。GO TOそのものはともかく、開始、停止のタイミングが非常に悪かったのではないだろうか。

 

政界に影響力の強い生活衛生同業組合

 生活衛生同業組合は、昭和32年施行の生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)によって定められた業界団体である。旅館、ホテルばかりでなく、生活衛生同業組合はクリーニングを含め16の業種に存在しており、それぞれが政界への影響力を少なからず保持しているようだ。昨年4月には営業自粛要請の職業に理容業が入っていたが、まもなく外されている。これは理容生活衛生同業組合が圧力をかけたのだとマスコミが報じていた。ただ、営業が安全かどうか全く論議せず、政治への影響力で営業か自粛かが決められるのでは本来の意味をなさない、本末転倒な話ではある。

seieigyou

生活衛生営業指導センターのHPに掲げられた生営業の業種。それぞれに生活衛生同業組合がある。

 講談社新書「天下りとは何か(中野雅至著)」には、「政官業の癒着」という部分にこの構造について説明されている。生衛法が施行された昭和32年当時、生活衛生関係営業の業種は零細な業者が多く、経営が安定しなかった。そこで各業者が安心して運営できるよう、行政が介入するようになった。銭湯は全国統一料金となり、理美容業は休日が全国統一となった。生衛法施行の目的は過度な競争を防ぎ、業者を守るとの趣旨である。

 しかし、自由競争への介入は政官業の癒着を招く。同書では、「国内サービス業の中には、競争によるパイの縮小を恐れて役所に規制や保護を訴えるところがあります。役所はそんな業界の要請に応えて経済的規制を作り、その見返りに業界団体や県連企業への天下りを求めます。そして、政治家は規制緩和の圧力から業界を保護しようと役所に働きかけ、その見返りに政治資金を得ます」とある。このように、業者保護のための生衛法は、そこに目を付けた政治家や行政に利用されているという実情がある。君らの話は十分聞いてやる。その代わり、選挙のときは頼むぞ、というわけである。

amakudari

政官業の癒着について詳しく書かれた著書、「天下り」とは何か

 

クリーニングの場合

 クリーニングも政界には「クリーニング議連」があり、選挙が近くなるとクリーニング生活衛生同業組合から候補者の推薦状が送られる。各組合員には「この議員に入れて下さい」という圧力がかかり、一応、政治家には票田とみなされている。

もちろん、政治家にも頼み事をする。今回のコロナでも、東京都が示した指標で、営業していい業種に当初は「ランドリー」と表記されていたが、これに「クリーニング店」が加えられた。ランドリーではコインランドリーと誤解されるからという配慮だろう。

 しかし現在のクリーニング業界は、生衛法によって誕生したクリーニング生活衛生同業組合(生同組合)全くの少数派(全体の1割か2割程度のシェア)に過ぎず、業界シェアのほんの一部でしかない。日本全体のクリーニング所数(作業を行うクリーニング店。取次店は除く)は24000軒あるが、クリーニング生同組合員は6000人しかおらず、ほとんどが零細業者のため、シェアは著しく少ない。そしてクリーニング議連の政治家はそのわずかな生同組合員のみをクリーニング業者全体とみなし、現在に至るまで彼らとの接点しかない状況にある。

 生同組合は低利での融資や政治、行政への働きかけなど様々な特典があるが、一部の人間がそれを独占し、明らかな不平等な状況なのに、それを政治家が黙認どころか応援している。多くの業者が組合入りを申し込んだが、既存業者は利権を自分たちだけにしたいので断られる場合が多い。このような明らかな不正でも、票の力の前にはもみ消される。

 2009年、大手クリーニング業者が建築基準法違反で摘発される事件があった。人がたくさん集まる場所に工場兼店舗を建設すれば利益性が高いので、行政に虚偽申請して展開を図るというブラック企業の悪質行為が明るみに出たのだが、何人かの政治家が出てきて、「クリーニング屋さんがかわいそうですよ」と訴え、違法操業を見逃す挙に出た。実は建築基準法違反クリーニング業界のタブー、業界の共同謀議だったのである。大手ばかりか、生活衛生同業組合の個人業者までこの不正に手を染めていたのだ。政官業と癒着する業者らも違反だらけ。違法操業業者が叙勲されている有り様である。法律違反であっても政治がそれをカバーしているのでは、真面目にやっている業者はどうなるのか。こういう状況にあるクリーニング関係者から見れば、全旅連との癒着などよく理解できる話である。ただ、クリーニングの場合は業界の一部だけが潤っており、あくどいといえる。

 20200411朝日

最初に東京都が出した業種別休業要請の指標。後でランドリーに「クリーニング店」が付け加えられた。

クリーニング業界の弊害

 旅館ホテル業界同様、政界との癒着があるクリーニング業界だが、生衛法という古い法律の弊害は、決して一部の業者を潤わせているだけではない。むしろ生衛法は業界をが混乱させる厄介な存在になっている。

 クリーニングは生活衛生関係営業の中で、いち早く企業化した業界である。昭和40年代には機械化が進み、各地に大手業者が登場した。そこに生衛法の価値観を持つ既存業者との対立が生まれる。ところが大手業者は生同組合の妨害をかいくぐり、あまり問題なく成長した。ところが近年は価格競争が一層激しさを増し、「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」状態が続いている。

 資材、人件費が上昇する中での価格競争は厳しい。ましてや1990年代からは直営店時代を迎え、取次店時代にはなかった店員の人件費がかかるようになった。これは単価に転化するべきだがそれがない。各業者は単価を上げようと定価を上げるが、ライバルの動向が気になり、一年中セールをするようになる。半額セールが常態化し、半額で預かる方が定価よりはるかに多くなれば景品表示法違反だが、それもなぜか取り締まられない。延々と続く価格競争が業者達を疲弊させ、そこに新型コロナウイルスの流行が追い打ちしているのである。

 現在、大手クリーニング業者の大半が一年中セールを行い、特に半額セールが多い。大半の品を半額で預かる業者がいて、客もそれに慣れ、半額のときにしか持ち込まない。また、店頭に「ワイシャツ100円」などと安いワイシャツ価格を掲示し、本来の価格表にはその倍の価格が表示されているクリーニング店がほとんどだ。これは明らかな景品表示法違反だが、全く取り締まられない。生衛法は業界に過度な価格競争が起きないようにする法律だが、逆に生衛法のために過度な価格競争が止まらないのだ。全く本末転倒な話である。

 この原因は、生同組合員が数多く違法操業の状態にあるため、クリーニングに関しては、政治が行政の関与を妨げている可能性がある。票田に厳しく指導されれば、政治家は票を失うことになりかねない。クリーニングにはアンタッチャブルという暗黙の了解があるのかも知れない。そうでなければ、これだけの違反が放置されるのはおかしい

seikanngyouyuchaku

 生衛法の改正、あるいは撤廃を

 低価格が労働問題を生み出しているのがクリーニング業界。低価格競争問題は、クリーニング業界が真っ先に取り組まなければならない問題ではないか。生衛法は価格競争が起こりやすい業界のために施行されたのだが、現実にはその精神がゆがめられている現状を多くの人が真剣に論じるべきである。

 病気は自然災害であり、基本的に責任が誰にあるわけではないが、その中に人為的なものがあるとすればそれは解決すべきである。新型コロナウイルス大流行やGO TOは、実は生衛法そのものに大きな問題があることをあぶり出した。古いしがらみに囚われる一部の政治家やそれに癒着する業界団体により、クリーニングばかりか多くの業種の人々が苦しめられている現状がある。

 生衛法は昭和32年の施行であり、60年以上前と現在では何もかもが違う。ここにメスを入れることを考えるべきではないか。大幅に改正するか、撤廃すべきである。

 また、政治家の方々も現実に生同組合が票になるかどうか、真剣に考えてみてはどうか。前述の通り、クリーニングの生同組合はすっかり数が減り、6000人を割っている。高齢者が多く、選挙に行くかどうかもわからない。はっきり言えばほとんど票にならない。それよりは、いろいろな違法行為などをきちんと改善し、あるべき姿を示すべきではないか。GO TOのような疑惑を受けないよう、考えていただきたい。