クリーニングの土壌汚染 放置される土壌汚染
テトラクロロエチレン専用のドライクリーニング洗濯機。洗浄から乾燥まで行い、石油系よりも大きい
寄せられた相談
当NPOに、土壌汚染に悩む方からの相談があった。
この人は自分の土地と建物をクリーニング業者夫婦に45年間貸し、最近、廃業するのでと返されたのだという。クリーニング業者は最初、夫がその場所でクリーニング設備を置き、作業を行っていたが、死亡してからは妻が取次店となり、他の業者にクリーニングを委託して受付をしていた。
土地の返還に際し合意書を交わしたが、その合意書にはクリーニング業者の意向で、「本件建物の底地の土壌汚染及びその調査に関し、名目の如何を問わず、乙らに対して金銭その他一切の請求をしないものとする。」 という一文を入れて押印した。貸し主に土壌汚染の知識はなかった。
その後、貸していた土地の土壌汚染が発覚し、大慌てになったという。クリーニング業者はドライクリーニングの溶剤としてテトラクロロエチレン(通称パーク)を使用していた。この溶剤は水と比較して比重が1.4であり重く、地中に堆積する。毒性があり、発ガン性があるといわれている。
そういったことを知らない貸し主に対し、賠償はしないという合意書を用意していたのである。また、クリーニング業は廃業すると保健所に廃業届を提出しなければならないが、この業者はそれもしていなかった。廃業届を提出すると、保健所が来て土壌汚染を調査する。この業者は土壌汚染の発覚を恐れ、廃業届の提出をしなかったのかも知れない。
相談者は知識不足を後悔しているが、そもそもクリーニングの土壌汚染などは一般の人はわからない。おそらく、こんな事例が全国にたくさんあるに違いない。
厚生労働省のテトラクロロエチレンに関する説明書。発ガン性も指摘されている。
クリーニングの土壌汚染問題
ドライクリーニングは最初、揮発性の油で衣料品を洗うことから始まった。1960年代中頃、金属洗浄の溶剤、テトラクロロエチレンがクリーニング業界でも使用されるようになり、一時は大半の業者がこの溶剤を使用していた。テトラクロロエチレンは洗浄力が高く、汚れが良く落ちるので業者によく使用された。溶剤も安かったが、1970年代後半、この溶剤に毒性があり、土壌汚染を引き起こすことがわかり、保健所も使用をやめるよう指導したため、多くの業者が以前の石油系に戻るか、当時流行し始めたフロン系の溶剤に変更した。しかし、高い洗浄力を評価する業者達は、現在でもこの溶剤を使用している。
今から30年以上前に書かれた岩波新書「ハイテク汚染」(吉田文和著)にはこのように書かれている。
クリーニング店の前を通るとにおう独特の香りがテトラクロロエチレンである。これは、ドライクリーニングに多く用いられているほか、半導体製造にも一部使用されている。クリーン具業を対象とした最近の疫学調査(死亡1700名対象)では、虚血性心疾患を除く「その他の心疾患」、肝硬変を除く「その他の肝疾患」の死亡割合は、男女とも全国平均に比べ有意に高いことが明らかとなっている。
これはまだテトラクロロエチレンが多く使用されていた頃の記述であり、現在、ここまで深刻ではないが、一度テトラクロロエチレンを使用したクリーニング所には溶剤が地中に残り、汚染を引き起こす。これは何十年過ぎても変わらない場合がある。
以前はテトラクロロエチレンを巡るトラブルが多かった。ある大手業者は保健所の警告を無視して土壌汚染を続けたため、最終的に逮捕された。ある業者は周辺住民から土壌汚染を厳しく指摘され、自殺してしまった。またある大手業者は農地の近隣で工場を稼働し、井戸水に汚染が見つかり工場稼働中、ずっと浄化費用を払い続けていた。
このように、1965年~1990年頃、テトラクロロエチレンが盛んに使用されていた時期にクリーニング所であった土地については、土壌汚染されている可能性が高い。クリーニング所(作業をしている場所。取次店は除く)はピーク時に4万軒以上あり、それらの多くはテトラクロロエチレンが使用されていたと考えられるので、これは実は深刻な問題である。
何ら解決しようとしないクリーニング業界
このような深刻な問題であるなら、業界全体で対策を考え何らかの行動を起こすべきだが、クリーニング業界からはなんらこの問題の情報が発せられないばかりか、問題をタブー視し、話題にも出さないようにしている。これは現在でも全体の4割強が違法操業状態にある建築基準法問題と同様である。
生衛法に定められた生活衛生同業組合は、昭和40年代に大手業者が登場してきた時代、自らの利権に執着して大手業者を追い出した過去があり、ほとんど零細業者ばかりの集団となっている。解決しようにもその力もなく、何もできない。それならば話題にすることなく、世間に知られないのが一番。そういう発想で、この問題は現在も表沙汰になることはない。土壌改良には土壌をすべて入れ替えると何千万円も費用がかかる。零細業者にまかなえる金額ではない。
2009年、不正な大手業者が建築基準法違反で摘発されたとき、国土交通省が重い腰を上げ、全国のクリーニング所を調査したことがある。このとき、全国に38000軒といわれたクリーニング所が、実は28000軒しかないことがわかった(当時)。この理由は、廃業する業者が土壌汚染の事実が発覚するのを恐れ、保健所に廃業届を出さなかったというのも理由の一つである。
ちなみにこの問題に関しては、大手業者よりも個人業者の方が深刻である。大手業者は多くが石油系に切り替え、テトラクロロエチレンは少数派である。また、大手業者が使用していても、最新型の密閉式で溶剤がほとんど漏れない構造になっている。大昔のテトラクロロエチレン用洗濯機を使用している業者は住宅地域など街中にいる。
2017年、厚生労働省はクリーニングの作業環境評価基準を解消し、作業環境中の管理濃度をそれまでの50PPM以下から25PPM以下に厳しくした。これに対し、クリーニング業界からは何の反応もなかった。無理もない、50PPMですら達成できないのに、いくら厳しくしてもどっちみちできるわけがないからだ。
こういった問題を生活衛生同業組合で提起すると、「オレたちはわからねえ」としか答えない。議題にしたくないからだ。建築基準法違反で違法操業しながら、土壌汚染を何ら解決しないような業者らが「業界の代表」になっているのが現状だ。
2017年、厚生労働省が、テトラクロロエチレンの使用を厳しくした解説文。法律がいろいろあるが、現実にはほとんど調査が行われていない。現時点で土壌汚染は事実上放置されている
死んで逃げるクリーニング業者
ただ今回の相談では、貸し主に「土壌汚染に関し責任を取らない」と念書を取るなど、業者はかなり巧妙に立ち回ったようにも思える。そうなると、実はこのような問題は業界の裏ノウハウとして密かに広がっているのかも知れない。
土壌汚染があるといっても、自分の土地なら近隣住民から苦情がない限り、改善する必要はないが、このように借りていたりすると問題が起きる。ある業者は「クリーニング業者はパーク(テトラクロロエチレンの業界用語)のせいで借りた土地は返すこともできないし、土地を所有していても(クリーニング業を)やめることもできない」と嘆いていた。業者が責任を持って解決すればいいが、特に小規模な業者は大半が業務終了後に放置され、汚染が残されるだけとなる。
このまま放置するとどうなるか?各クリーニング業者は高齢になっても商売を続ける。零細業者は洗濯機をほとんど一生ものとして使用するし、アイロン一丁で仕事をするため、必要経費がほとんどかからない。そうなると生活費を稼ぐため人生の最後まで商売を続けることになる。後継者がいればいいが、零細業者は子供が継がないことが多い。そうなると、かなり高齢になっても商売を続け、業者の「死」をもって事業終了となるだろう。これだと廃業届も出さず、保健所もほとんど来ないので土壌汚染は汚染されたまま誰も責任を取らないことになるのだ。やがて土地は転売され、発ガン性物質の上に民家が建てられる。おそらく、このような「元クリーニング所」が全国にたくさんあるに違いない。
築地市場が豊洲に移転するときも、築地市場が以前、進駐軍がクリーニング所に使用していたことで溶剤汚染があるとの話が出た(これはテトラクロロエチレンではない)。行政は基準を厳しくするだけで現実には調査を行っていない。
今後、今回のような相談は増えていく可能性が大きい。現在も高齢な業者がどんどん廃業しているからだ。多くのクリーニング業者が建築基準法違反の違法操業や、この土壌汚染問題を放置して、逃げるように廃業していく。発ガン性があるといわれる土壌汚染を放置していいのだろうか。後世に負債を残さないよう、この問題は解決しなければならない。