クリーニングと政治

クリーニングと政治

 日本のクリーニング業界は厚生労働省管轄であり、そこには「クリーニング議連」なる存在がある。現在のところ、政治家は業界の全く一部とだけつながり、それが大きな障害となっている。ここではクリーニングと政治家に関する問題点と、その処方箋を示したい。

 問題と不安

 クリーニング業界で建築基準法問題が起こり、国土交通省が調査するとのことで多くの業者が不安になった。それを紹介する業界紙記事(2010年)

菅原一秀とクリーニング

 2019年、自民党、菅原一秀議員が経産大臣に就任したが、次々と不祥事が発覚、あっという間に辞職した。なんともお粗末な話だが、その菅原一秀議員は一時期、クリーニングに関わったことがある。

 2009年、業界二位、三位の業者が建築基準法違反で摘発され、クリーニング業界に違法操業が蔓延していることがわかった。翌年、国土交通省が調査に乗り出すが、このとき、「クリーニング屋さんがかわいそうだ。厳しい指導はしないで欲しい」とこの業界に根深い違法操業問題を擁護した政治家がいた。一人は民主党の村井宗明議員であり、もう一人が菅原一秀議員である。

 このとき、村井議員は後援会長が大手クリーニング業者で、ここも違法操業が多かったことから口利き疑惑が騒がれ、雑誌数社がこの疑惑を記事化し、次期選挙で敗北、そのまま引退した。

 一方の菅原議員だが、国会での発言は2020年5月20日、決算行政監視委員会第四分科で行われている。菅原氏の発言は、「町のクリーニング屋さんというのは一生懸命仕事をして、朝から晩まで働いて、お父さん、お母さん、そして息子、パート一人、パート二人、本当に零細で、懸命に家族でがんばっている姿が見受けられるわけであります」などと零細業者の事例を挙げ、主に感情論を持ち出し、彼らがかわいそうだ、という論理で指導の緩和を求めているようにも思える。

 これは村井議員とやり方が同じである。一般の人が「クリーニング」に対して持つ印象は、零細な家内工業の姿である。そのイメージをことさら強調し、クリーニングの建築基準法違反を問題視されないようにしているのだ。しかし、実際の市場はどこでも大手業者が8,9割を占める寡占状態。事実ではない。「かわいそうで、気の毒な」零細業者をダシに、実際にはそうとは思えない業者達を守ったのである。

 村井議員は引退、菅原議員は不祥事で大臣辞任、雲隠れという状態だが、菅原氏の答弁から10年過ぎても違法操業の業者は一向に改善していない。特に地震の際、火災の危険性が問われる東京都などは、違法操業の業者が合法な業者を上回っている有り様だ。危険な状態を放置した菅原議員の責任は重い。

 実は、クリーニングと政治家の関係は根深い。政党を超えた「クリーニング議連」も存在し、一部団体とのみ深い関係を築いている。政治家は業界のわずかなシェアしか持たない全ク連(全国クリーニング生活衛生同業組合連合会)しか見ていない。それが大きな弊害となっているのである。

 それにしても、練馬区あたりのクリーニング業者は、菅原議員からジャガイモだのトウモロコシだのをもらったのだろうか?

 

押しつぶされたイノベーション

  クリーニング議連の仕事は、もっぱら全ク連による旧体質の維持である。昭和25年施行のクリーニング業法、昭和32年の生衛法、いずれもカビの生えたような現代には通じない古い法律を、自分たちの利権しか眼中にない全ク連を支援するため彼らの要請があれば動く。このため多くの人々が迷惑を受けている。

 2015年頃、「ファッション・ケア」という事業を提唱した人がいる。現行のクリーニング業は生活衛生関係営業という分類がなされているが、それをファッションのために衣料をケアするという新事業である。実際、「衛生のため」にクリーニングを利用する人よりは、「ファッション、見栄えのため」に利用していると思われるので、このアイディアはどんどん進み、経済産業省が管轄となる新事業が開始されると思われた。

 ところが、これはあっという間に中止に追い込まれた。自分たちが蚊帳の外に置かれるのを恐れた全ク連がクリーニング議連の政治家を使い、行政に働きかけてこの新事業を潰しにかかったのである。政治家が行政担当者を呼び出し、この事業を止めさせてしまった。あからさまな口利きだが、全ク連の機関誌には政治家を使ってこれを阻止した下りが誇らしげに書かれていた。どう考えても利益誘導であり、口利きでもある。平等原則に反する行為と言えるが、こんな卑劣な行為を自慢して発表するのは異常なこの業界の実情をそのまま表しているようだ。

 2014年、当NPOが設立されたとき、あるつてで厚生労働省のクリーニング担当課長に会うことになった。先方も了承したが、土壇場でキャンセルされた。行政の方から、政治の力が動いたとの話を聞いただった。

 発覚から10年過ぎても未だに全体の4割の業者が違法操業を続ける建築基準法問題も、全ク連の配布する文書によれば、政治家の力が働いているのだという。違法行為を継続させるというのはどうか。

 クリーニング議連が動くパターンは一つしかない。何か全ク連にとって不利な問題が起きたとき、政治家とつながりの深い全ク連の人物が連絡し、政治家が動く。多くは行政担当者に圧力をかけるのである。

 クリーニング業界に問題が多いことに関して、法律の不備などから以前は行政に責任があると考えていたが、「忖度」という言葉があるように、行政は政治によって支配される。そうなると、結果的にはクリーニング業界の、ほんの一部だけに肩入れして大多数を犠牲にしているのはクリーニング議連などの政治家だといえるだろう。

 20160205クリーニングニュース金子

 新事業「ファッション・ケア」を、政治家を使ってねじ伏せたとする全ク連機関誌。政治の利益誘導、口利きと取れるが、誇らしげに発表していいのだろうか?

 

クリーニング議連の弊害

  ネットで「クリーニング議連」と検索すると、様々な議員がこの議連に所属していることがわかる。そういう議員たちに、現在のような状況で何が起こっているかを説明したい。

 まずは労働問題である。全ク連は零細業者の団体であるため(注:本来そういう定義はないが、成功した大手業者を組合から追い出していった歴史がある)、従業員を雇っていない業者が多い。そうなると労働法違反などの労働問題が蔓延してもそれが行政や政治に届くことがなくなる。当業界にブラック企業がはびこるのは、元を正せば政治が機能しないからで、そこには議連議員の無理解がある。

 消費者問題も深刻である。日本のクリーニング市場は50年前に機械化が進み、厚生労働省認可の全ク連を尻目に大手業者が市場を寡占化した。結果、束縛を受けない大手業者らは半世紀にわたって低価格競争を繰り広げている。デフレが50年続いていると思っていい。低価格をトッピング商品で補うため、いつの間にかしみ抜き料金は外付けとなり、効果があるのかどうかわからない有料の加工製品が次々登場、消費者を欺くような行為が横行している。これらについては、零細業者も同じ様なことをしているため、業界全体の問題といえる。

 また、以前よりクリーニング業界は秘密主義の傾向があり、業務などに関してマスコミなどに知られるのを嫌う。建築基準法違反も「業界のタブー」だったし、テトラクロロエチレンによる土壌汚染も知られたくない。こういう秘密主義はブラック企業にとっては大変好都合であり、数々の不正を一般に知られずにいられる。全ク連がブラック企業の味方になっているのだ。

 「業界の品格」にも影響を与える。もともと生衛法は、昭和32年当時、クリーニング業など18業種を「零細ですぐ潰れるから保護してやらないとならない人たち」と定義し、社会的弱者、気の毒な人、かわいそうな人という扱いである。そのために助成制度や補助金があてがわれているのだが、国会議員なども生衛業のことを話すときは、誰もが菅原議員のように「かわいそうな人たち」という話し方をする。実際には各地で成功し、多くの従業員を抱える「成功者」もいる。かわいそうな奴らと世間に思われ続けていては、業種にプライドが持てず、後継者が少なくなり衰退してしまう。クリーニング業は震災時にはインフラとなって人々の生活を支えたこともある。決して「かわいそう」ではない。政治家の周りにいる業者達が「かわいそう」を装っているだけだ。

 このように、クリーニング業界を悪くしているのは政治家の無理解である。「かわいそうなクリーニング業者を助けてあげよう」という単純な図式ではない。多くの人々が悩み、困っている現実をご理解いただきたい。

 

201501

クリーニング業界にはブラック企業が蔓延。これも政治が全ク連しか相手にしないからである

実は票にはならない

  政治家がクリーニング議連に属し、全ク連に関わるのは、彼らもそれなりの正義感はあると思う。しかし現実的な面を見れば、やはり「票」を期待しているのだろう。選挙が近くなると、全ク連の下部組織、各地のクリーニング生活衛生同業組合には応援する議員の推薦状が配られる。「この人を応援して下さい」というわけだ。

 しかし、これははっきりさせておきたい。

 クリーニングでは全然、票になりません

 全ク連は最盛期には4万人を超える業者が入っていたが、現在では激減して6千人くらい。上層部だけ潤い、赤字なのに安倍さんが桜を見る会の前夜祭に使用した超高級ホテルでいつまでも会合を続けるような運営に多くの人々は愛想を尽かし、脱退した。残った6千人も高齢者が多く、投票所に行けそうもない人が多い。これでは期待する方が無理である。

 2019年の参議院選では、全ク連は木村義雄氏を推し、外国人技能実習生の3年受入をエサに大手業者にまで協力を取り付けたが、結果は惨敗。この選挙が全ク連の無力化を証明した。

 そもそも、なぜクリーニング議連などを作るのだろうか?現在では全く選挙協力を期待できないし、新しい時代の試みをことごとく潰して社会を悪くしているとしか思えないのに、一生懸命応援するのは不思議だ。

 政治家の皆さんは騙されているのではないだろうか?「貧乏で、かわいそうなんだ、助けてくれ」などといわれているのではないか(実際、東京で各業者に20万円ずつ配った政治家もいる)。それは今日では全く通用しないことだ。大昔のクリーニング業法などに多くの人々が苦しめられている。むしろそちらの方を改革すべきなのに現状維持を指示しても良くはならないだろう。

 10年前に建築基準法問題を巡り、クリーニングに大きく関わった村井議員も、将来を嘱望された若い議員であったにも関わらず、クリーニングという伏魔殿に踏み込んでしまったため、政治生命を奪われてしまった。今考えれば大変気の毒な話である。前車の轍を踏まないよう、政治家の方々は気をつけていただきたい。

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2019年の参議院選に立候補した木村議員のチラシと、そこに書かれている文章。やはりクリーニングを小規模業者と決めつけている

 

新しい票田がある!

 全ク連はもはや票田にはならないが、実は、今後が大きく期待できる素晴らしい票田がある。それをご紹介したい。

 それはクリーニングを含めたあらゆるサービス業で働く人々である。

 現行の労働法は月曜から金曜まで働く労働者に向けられて作られており、交代制で勤務するサービス業向きではない。そのためサービス業の労働環境はどれもあまり良くない。最近起こっているコンビニの問題等がその代表格である。当方がNPOを開設して相談を受けるようになったら、全国のクリーニング会社で働く方々からの相談がたくさん寄せられたのはそのためである。

 昭和32年の生衛法は、クリーニング、理美容業、飲食業、接待飲食業などの業種を「労働者のいない業種」としている。この矛盾のため、多くの人々が苦しんでいる。それなのに、それを維持する側を応援してどうするのか?

 政治家の方々には、サービス業の労働環境を改善し、サービス業で働く大勢の人たちを味方にし、選挙ではそれをアピールすることをおすすめしたい。

 実際の方法としては、クリーニング業界に関わる労働組合がいくつかあるので、そういうところを通し、労働者に支援の輪を広げ、他のサービス業にも伝えていく方法がある。大手クリーニング店が展開するショッピングセンターや大型スーパーには他のサービス業も周りにたくさんある。これはうまくいく可能性がある。もしそういう方がでてくれば、当NPOも応援したい。

 現在、日本では労働者全体の6,7割がサービス業で働いている。こんな大きな票田はない。変な連中に騙されず、多くの人々が幸福を味わえるように動くのが政治家の使命ではないか。皆さんの活躍に期待したい。