建築基準法違反発覚十年……未だ4割強の業者が違法操業

建築基準法違反発覚十年……未だ4割強の業者が違法操業

反省なきクリーニング業界

 2009

 2009年7月11日の朝日新聞記事。この日からクリーニングの建築基準法問題が始まった。

発覚10年の建築基準法違反

 2009年7月11日、朝日新聞をはじめとする新聞各紙は、クリーニング業界最大手の建築基準法違反を報じた。後に「極悪ブラック企業」と呼ばれたこの会社は、行政に虚偽申請し、東日本各地に違法な工場を24カ所も作った。虚偽申請するなどあくどいが、報じられたのは一社だけ。ところが、このニュースに日本中クリーニング業者が震え上がった。実は、多くの同業者が同じような違法行為を行っていたのである。

 クリーニングの仕事をする上で、人がたくさん集まる場所に工場兼店舗を作れば収益性が高くなる。ただ、住宅地や商業地でドライクリーニング用に石油系溶剤を使用するのは建築基準法の用途地域で禁じられている。そこで一般には不燃性の溶剤(フッ素系溶剤)を使用するが、これは価格が高い。ある日、悪質な業者がこっそり石油系溶剤を使い出すと、「バレないらしい」と業界中に伝わり、他の業者も一斉に不正に手を染める……このようにして違法操業が業界中に広まった。利益のために集団で不正をはたらいたわけだ。

 一方、昔ながらの個人経営業者達には違う事情がある。日本中で用途地域が決まったのが昭和45~47年頃。それ以前から操業していた業者は既得権(適用除外)が認められた。しかし、そこから2009年まで40年近く過ぎ、法律を忘れて家を増築したり移転したりする業者もいた。これで既得権がなくなった業者もいる。要するに法律の知識がなかったのである。さらにはクリーニング業界では昭和40年頃にはドライ溶剤は塩素系溶剤(テトラクロロエチレン)が主流だった。これに発ガン性があるので、保健所は業者に「塩素系溶剤をやめて石油にしろ」と指導したという。役所のいうとおりにやったら、違反になったというのである。

 しかし、規模の大小にかかわらず違法は違法。自分の職業に関し、法律を知らないというのは無責任である。「わからなかったから、仕方がない」では済まない。保健所の指導も、日本の縦割り行政は誰もが周知している。これを保健所のせいにするのは事業主として甘いと言わざるを得ない。

 image010

2009年12月26日の朝日新聞記事。これにより、全国すべてのクリーニング所を調査することになった。

4割強の業者が違法操業

 2010年2月、国土交通委員会で富山県選出の村井宗明議員が、「クリーニング屋さんがかわいそうだ、救済しましょう」と発言、それ以来各建築事務所の指導は急に甘くなり、違法状態の業者たちは息をついた。これには裏事情があるようだが、まもなく同議員は選挙で落選、政界を去った。それ以降も違法操業の業者達はほとんどが改善せず、違法のまま日々操業している。

 違法状態のクリーニング所を合法化するにはいくつか方法がある。まずは引火性の石油溶剤使用が使用できないので、これを非引火性の溶剤に変更すればいい。現在ではフッ素系溶剤が第一候補である。ただ、これは石油系と比較して高額という問題がある。また、移転して工業地帯に移ればいいが、長年住んだ住居を移るのは抵抗もあるだろう。他に一番考えられる方法として、建築基準法48条の例外規定を適用すればいい。これは、非合法の場所であっても、地域住民にとって絶対に必要である場合には許可されるという制度だ。

 地域住民を集めて公聴会を開くなどし、実際に許可された業者もいる。しかし、これを実行した業者は生同組合から圧力を受け、脱会することになった。生同組合の理屈は、「あなただけ改善したら、みんなやらなくてはならないじゃないか」だった。クリーニングの世界では違法が常識であるようだ。

 2010年9月の調査では、50.2%の業者が違法との結果が出た。それから約10年、現在でも4割強の業者が違反状態で操業している。業界では建築基準法問題はタブー化しており、業者どうしがこれを話題にすることはない。

 問題と不安

2009年末の業界紙記事。「業界全体に」という文字が、いかに違反業者が多いかを示している。

なぜ違法操業をやめないのか

 発覚から10年、違法操業するクリーニング業者達はなおも改善しようとしない。これにはどんな理由があるのだろうか?

 まず、クリーニング業界独得の閉鎖性が挙げられる。一般にクリーニング業者は業界内だけで交わり、異業種や地域の人々との交流が少ない。歴史の長い業者はさすがに一般社会との付き合いはあるが、そうでない人の方が多い。そうなると業界内の「常識」が生まれ、一般の法律を守ろうとする意識が薄くなっているようだ。これは業者だけでなく、業界に関連する人びとも同様で、例えば業界紙も建築基準法の話題はほとんど取りあげない。

 次に、業者の高齢化がある。今から50年前、クリーニング業者が爆発的に増えた時期があった。高度成長期を背景に生産性の高い洗濯機、仕上げ機なども開発され、「クリーニングは儲かる商売」と認識され、続々新規参入者が出たためである。そういう人たちも現在は70,80代……。生同組合の業者も猛烈に減っている。引退も近いため、改善のための投資は避けたいのである。

 そして、クリーニングの法的な位置づけもある。昭和32年施行の生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)では、クリーニングは「零細業者ばかりの業種の一つ」と定義され、行政が機関を作って守っていく業種という定義だ。これに基づく政治連盟もある。「クリーニング業者はかわいそうだから、守ってあげなければならない」という発言はしばしば国会議員からも聞かれる。現実には大手業者もいるし、市場シェアでは圧倒しているのだが、「かわいそうな人たち」と世間に見られることで業者に「甘え」が生じ、不正行為も見逃される、というムードを醸し出すのではないか。前述のように「保健所の指導に従ったら違法になった。だから保健所が悪い」と開き直る業者もいるし、「行政が厳しく指導しないのは、私たちに忖度してくれているんだ」と信じる業者もいるくらいだ(実際には地域によってはかなり厳しい指導をする行政事務所もある)。

 ただこの問題に関して、違法操業を続けているのは零細業者ばかりでなく大手も多い。法律を知らず違法となった零細業者には多少の同情も感じるが、利益を得るため行政を騙して不正に建てた工場を現在でも操業している業者に同情の余地はない。何より、もし火災が起こったら、周囲の人びとが大変な被害を被るだろう。そもそも、「オレたちは法律を知らなかった。だから仕方ない。指導しなかった行政が悪い」と開き直る業者を許していいのだろうか。

 全ク連111

 全ク連の会費値上げお願いの用紙に書かれた文章。文面通りに読めば、違法操業を政治力によって指導されないようにしていると解釈できる。

違法操業の末路

 石油系溶剤を使用するクリーニング所にはドライクリーニング洗濯機があり、中には200リットルほどの引火性溶剤が入っている。もし、火災によってこれに火がつけば、爆発といえる状態になり、非常に危険である。

 この問題は、どこか違法操業の業者が火災を起こし、周囲の民家に引火、罪もない人が犠牲になることで行政が一斉に動き出す、ということで終結する可能性が高い。誰かが犠牲にならないと動かない行政というのも困る。

 各クリーニング業者は他の溶剤にするか、例外規定を適用されれば合法化できる。堂々と商売するにはそうすればいい。しかし、違反している業者が多いという論理で何も改善しない。そして、既に10年が過ぎた。開き直っているというより、極力話題にするのを避けている印象だ。

 建築基準法問題は紛れもない不正だが、不正をする側の数の多さにより、違法を「正論」のように思っている業者がいる。悪いけれども、数が多いからいいじゃないかという一種の堕落論が、「意味もなく最初からシミ抜き料金を取る」、「三ヶ月間放置する保管クリーニング」、「花粉防止加工、Wクリーニングなど効果が怪しい加工」など、消費者の利益を阻害する行為に多くの業者が手を染める要因になっているのではないか。

 違法操業は東京、大阪、神奈川など大都市に多い。そういう場所は違法操業が合法な業者を上回っている。最近出た文春新書「令和を生きるための昭和史入門(保阪正康著)」には以下のような記載がある。

 「オリンピックの開会十日前には、大阪、東京間に新幹線が走った。東京都内には高度経済政庁政策の始まりとともにオリンピックを意識しての高速道路が作られたし、幹線道路が次々と舗装されることになり、道路事情は一変した。古い住宅は壊され、旧来のビルも立て替えられ、それまでの汲み取り便所から一斉に水洗トイレに変わっていった。」

 「当時の東京都知事は東龍太郎であったが、東京はオリンピックによって世界のどの年にも負けないほどの都市改造を行って便利で住みよい都市にかわった、と議会でも答弁し、実際そのとおりであった」

 クリーニングだけはそれ以前のまま推移している。半分以上、違法操業をするような地域で、2020年の東京オリンピックなど開いて大丈夫なのか?1964年の東京五輪では、旧式ゴミ箱撤去など、多くの都市改善が行われた。違法操業もこの機会に改善すべきではないのか。不正は不正である。犠牲者が出る前に改善することを望みたい。

20180722読売A

2018年7月22日、読売新聞はさっぱり是正の進まないクリーニング業界のずさんさを批判した。