危険な街のクリーニング店!(高齢業者が廃業しない理由)

危険な街のクリーニング店!

高齢クリーニング業者が廃業しない理由

 

 当NPOは、大手クリーニング業者の消費者問題、労働問題を取り扱うことがほとんどである。市場シェアの8割以上が大手業者であり、そこに問題が発生するのだが、実は街の中で今も営業する小さなクリーニング店にも大変な問題がある。ここではそれを紹介したい。

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相次ぐクリーニング高齢業者の火災事故

 2019年1月19日未明、兵庫県宝塚市のクリーニング店から出火、ほぼ全焼して焼け跡から二人の遺体が発見された。このクリーニング店はともに76歳の夫婦が営業していた。

 昨年の読売新聞記事によれば、毎年、30軒以上のクリーニング店で火災が発生している。犠牲になるのはいつも高齢の業者とその奥さんである。昨年は秋田県で80歳の業者が焼死している。日本のクリーニング店は、洗ったり仕上げたりする作業場がある「クリーニング所」が24000軒ほどあり(受付だけの取次店を除く。取次店を入れると10万店弱)、その9割以上で引火性の石油系溶剤が使用されている。石油系溶剤で洗うドライクリーニング洗濯機に火が付けば爆発し、大変危険。それなのに、クリーニング業者は70、80を過ぎても廃業しない。高齢になれば危険度が増すのは当然だ。高齢ドライバーの事故が後を絶たないが、クリーニング店の火災は爆発を伴い、さらに危険である。1月19日の火災はドライ洗濯機に引火しなかったようだが、もし引火していたら、近隣住宅への延焼は免れないだろう。地域の安全のため、放置できない問題である。

 

違法操業だらけのクリーニング店

 クリーニングの火災事故で問題なのは、彼らの半数近く、4割強が建築基準法に違反し、違法操業していることにある。

 2009年7月、業界三位の業者が建築基準法違反で摘発されて以来、クリーニング業界に建築基準法問題が起こった。同年12月には業界二位の業者が同様の違反で摘発され、国土交通省は全国すべてのクリーニング所を確認検査することになった。

 クリーニング業者の多くが石油系溶剤を使用するが、建築基準法では、引火性の石油系溶剤は住宅地、商業地では使用できない。しかし、人がたくさん集まる商業地、住宅地に工場兼店舗を建てると収益性が高くなる。クリーニングは半世紀も価格競争が続く業種。激しい競争の中、ライバルに打ち勝つため一人、一人と違反を重ね、ついには違反者の方が多くなってしまった。摘発された業者は行政に虚偽記載された文書を提出していたのだから非常に悪質である。

 零細業者の場合は若干事情が違う。全国の用途地域が決定したのが昭和45~47年頃であり、それ以前から創業していた業者は拡張しないことを条件に適用不適格としてそのままの操業が認められた。ところが道路の拡張で移転したり、業者に知識がなく知らずに改築したりして違法状態になったところもある。大手業者と比較すれば比較的悪質とはいえないが、発覚して10年、全く改善する気がなく、業界内で建築基準法のことを話題にするのもタブーのような状況になっている。2010年の調査では50.2%が違法と判断されたが(それも大甘な判断)、それから2019年現在、まだ4割強の業者が設備を改善せず違法操業のままでいる。各業者は開き直っているとも取れる。

 建築基準法には例外規定もあり、安全対策をして公聴会を開き、周辺住民に理解を求めれば営業は許可されるが、それを実行する業者もほとんどいない。ある鹿児島の業者はまじめにこれを実行したが、県のクリーニング生同組合に呼び出され、「改善はしないでくれ、あなたがやるとみんなやらなければならなくなる」などと言われる始末である。このように、クリーニング業者はこの法律を守ろうという意識に乏しい。

 しかし、現実に火災は多く発生している。こんな状況が続けば、いずれは何の罪もない周辺住民に犠牲者が出るだろう。違法操業の業者が火事を起こし、周辺の住民に被害が及んではたまったものではない。それと知ってダンマリを決め込み、今でも1万軒以上のクリーニング業者が違法操業しているのだから、あまりにも悪質である。

 クリーニング業者の火災が報道されると、違法操業の業者達は肩をすくめる。いつ行政に是正勧告を受けてもおかしくないからだ。

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建築基準法違反で摘発された業者の記事(朝日新聞2009年7月11日(左)、同年12月27日(右)

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 クリーニング業者が引火性溶剤使用をさっぱり改善しないことを報じる読売新聞記事(2018年7月22日)

なぜ高齢業者は引退しないのか

 クリーニング業者、とりわけ会社規模でなく、個人の零細業者は後継者がいない限り(いても)、死ぬまで仕事をやめない。零細業者は機械に頼らず、プレスをすべて思いアイロンで行う。ワイシャツのエリ、カフスなどは大変な重労働であり、高齢者にはあまりにキツい。それでもやめないのだが、実はこれには隠された理由がある。

 昭和40年代から50年代にかけ、クリーニング業界では石油系溶剤に代わり、塩素系のテトラクロロエチレン(通称パーク)が広く使用されていた。テトラクロロエチレンは石油系よりも洗浄力があり、よく落ちるので現在でも信望者がいるが、土壌汚染を引き起こし、発ガン性も指摘され、行政から「できるだけ使用しないように」との指導があった時期もある。洗えない衣料品も増え、次第に石油系へと変更された。この時期にクリーニング業界入りした人は、テトラクロロエチレンで商売を始め、後に石油系に変更し、結果的に違法となった場合もある。かつてはドライクリーニングの主流としてほとんどの業者が使用していたし、現在でも使用している業者がいる。

 テトラクロロエチレンは比重が重く、いつまでも地中に滞留することがある。土壌汚染対策法などで厳しく規制されているが、クリーニング業界では建築基準法違反問題同様、このことを話題にするのはタブーとなっている。理由はもし保健所が検査したら、かなりの業者が基準値を超える可能性が高いからである。

 土壌が汚染されていたら、改善しなければならない場合があるが、これには数千万円の費用がかかり、業者にとっては大きな負担となり、零細業者にとってはなんとしても避けたい。保健所は廃業したクリーニング所を検査する。そこで、廃業しなければ基本的に検査は行われない(後継者がいて事業が継続される場合も同様)。このようなわけで、生きている間は廃業しないのである。

 規模の小さな業者は、事業継承されない場合が多い。そうなれば汚染された土壌はそのまま残される。これが集団で行われているのがこの業界。この問題は事業の大小を問わず、クリーニング業者であれば、ほとんどのクリーニング所が抱える問題である。

 このように多くの高齢なクリーニング業者は、土壌汚染を指摘されるのを避けるために廃業しない場合が多いものと思われる。高齢になっても仕事を続ける姿勢は立派だが、周辺住民の安全性は損なわれているし、土壌汚染の責任を放置するのだから、社会的には大変迷惑な話である。

悩む高齢業者 

 高齢なクリーニング業者は二つの問題に悩まされている

早急な安全対策を

 誰でも高齢化すれば、若いときのような働きはできなくなり、判断力も鈍る。高齢ドライバーの事故が多いのと同じ理屈だ。さらに、高齢業者は設備投資もせず、業者とともに機械設備や家屋も老朽化し、火災の危険性はどんどん高まる。クリーニングは今から50年前当たりに開業した人が多い。20代で商売を始めた業者は70,80代になっている頃であり、こういった規模の小さい業者は特に住宅の密集した都会に多い。周辺に人口が多いと、それなりに客に恵まれ、収入が途切れないからである。現在でもかなり多くの高齢業者が操業しており、危険度は増している。周辺住民の安全も大切だが、火災が起こるといつも犠牲になるのは高齢業者達であり、彼らの保護も必要である。

 この問題に関しては解決策がある。石油系溶剤を使用しなければ爆発的火災は防げるので、洗いだけを安全な箇所で行い、各業者はしみ抜き、仕上げを行えばいい。この方法で安全を確保し、かつ合法化できる。違法操業しているのは必ずしも高齢者ばかりでない。他で洗われることに抵抗を示し、「オレには洗いにこだわりがある」などという勘違い業者もいるだろうが、そこまで言うなら自力で合法化してもらいたい。違法操業を継続すること自体が問題なので、開き直りは論外である。(ただ、土壌汚染は別に解決課題として残る)

 東京都の組合がアンケートを行った結果、都内では特にかなりの業者が違法操業していることがわかっている。まもなく東京オリンピックが始まるのに、これでいいのか。東京が危険な状況でのオリンピック開催は望ましくない。

 また、これを放置する行政にも問題がある。もし、今後罪のない民間の犠牲者が出たら、それは紛れもなく10年近く問題を放置し、違法操業を見逃した行政に責任がある。2018年に大阪で起きた地震により壁が崩れ、女の子が下敷きになって亡くなる痛ましい事件が起きたが、あれも建築基準法違反である。行政は犠牲者が出ないと動かない悪癖がある。せめて犠牲者が出る前に、早く対策を打つべきではないか。違法と知りつつ日々操業する業者、それを見逃す行政、こういう状況を見るにつけ、社会の劣化を感じずにはいられない。