クリーニング支出はそんなに下がっているのか?
総務省統計局数値のカラクリ
信憑性に疑問のクリーニング支出
1992年を境として、それまでうなぎ登りだったクリーニング支出はずっと下降線をたどり、現在ではピーク時の3割程度にまで減少したといわれている。「クリーニングは最盛期の3分の1しかなくなった」と多くの方々が嘆いている。これが事実であれば、残念ながら当クリーニング業界は夢も希望もない極端な衰退産業といわざるを得ない。
しかし、自社や周囲の同業者に、売上が3分の1になった会社がたくさんあるだろうか?みんなバタバタと倒産しているだろうか?とてもそうは思えないし、第一、売上がそれほど下がったら、会社を維持することも不可能だろう。そのように考えれば、どうもこの数字は疑わしい。
論より証拠の話がある。私たちクリーニング業者は、顧客より預かった衣料品のすべてにネームタグを取り付ける(ホチキスなどで取り付けられる、数字の書いてある紙)。これにより、どの店のどの顧客から預かった品かがわかるのだが、このネームタグを製造販売する東京のR社、大阪のK社の大手二社で、ネームタグ全体の9割を占めているそうだ。この二社に聞いてみると、ネームタグの出荷枚数は両社ともピーク時の7,8割といったところで、3分の1になどなっていないという。預かり品の数量はそれほど下がっていないのだ。それでは価格競争により単価が猛烈に下がったのかといえば、低価格競争自体はずっと以前より続いており、近年では人手不足などの影響でむしろ単価は上昇傾向にある。ということで、クリーニング単価の下落が衰退の原因とはいい難い。
また、総務省統計「家計調査報告」は毎年、都道府県ごとの詳細なデータが出ているが、全国で青森県や福島県が第1位ということがあった。最低賃金が東京より300円近く低く、農業従事者の多い東北地方の県が東京よりもクリーニング需要が高いなどとは到底考えられない。となると、この調査報告は真実であるかどうかが疑わしくなってくる。
総務省のクリーニングに関するデータに関しては、ずっと以前、まだクリーニング支出が上昇していた時代から信憑性に疑問があるといわれてきた。一世帯当たりの支出についても、「もっとあるんじゃないか」など疑う業者は多かった。これは、そういうデータを出している総務省に直接聞いてみるしかないだろう。
総務省の話
早速、この様なデータを発表元、家計調査を担当する総務省消費統計課に電話をして聞いてみた。電話には若い職員が出て、私の質問にそのまま答えた。
家計調査は全国の9000世帯(二人以上の家庭)に家計簿を記帳させ、それを元にいろいろな支出のデータを公表しているという。9000世帯といえば、47都道府県ではひとつの都道府県当たり191世帯ずつということになる。
当方から、総務相の出すデータによれば、クリーニング支出は1992年をピークに減少しており、現在では最盛期の3分の1になったことを告げ、この原因は何かと聞いたが、担当者は原因として考えられることを説明してくれた。
それによると、この調査では、二人以上の世帯をモニターとしているが、日本の社会では核家族化が現在でも進行しており、一世帯当たりの人数は1992年で3.53人だったものの、現在では2.98人という。このため世帯数は増えているというが、家族の数が減ればクリーニング支出もそれに比例して減少することが考えられる。それでいてモニターを増やしているわけではないので、それがデータに出る数字の低下となっているようだ。
また、東北地方の県が全国第一位になることについては、全部で9000世帯というモニターも、各都道府県の人口に比例して配置されているわけではなく、たとえば東京では540世帯、山形では132世帯という。東京と山形では人口で10倍以上の差があるのに、モニター数が約4倍では、データとして公平な配分とはいえず、人口減少で衰退する地方の状況がより反映され、結果として減少傾向が強くなるのだろう。
さらに、このデータは二人以上の世帯のみを対象にしている。そうなると、独身や単身赴任のサラリーマンなど、クリーニング支出の多そうなところが全く数に入らない。これでは実際の数値よりも低い結果が出るのは当然だ。
世帯数が増え、家族が拡散しているのに以前と同じ数のモニターで調査し、支出の少ない地方からのデータの比重を高くして、一人住まいの世帯を全く数に入れていないということで、これでは、数値が下がるのは当然としかいいようがない。
クリーニング需要はそんなに下がっていない
このようなわけで、「長年の疑問」ともいえる総務省のクリーニング代支出に関しては、調査方法に問題があり、「クリーニング支出がピーク時の3割くらいに落ちた」は事実とは言い難いことがわかった。
総務省のこういった調査方法はかなり昔から全く同じ方法で行われているのだが、現代では核家族化が進んだ上、交通手段が発達、商業も活発で社会がずっと機能的になり、一人暮らしになんの不便さも感じることはなくなっている。三世代同居が当たり前の時代と同じ方法で調査していれば、正しい数字が出てこないのは当然。それを相も変わらず同じ方法で何十年もやっているのでは、総務省のやり方も「やっつけ仕事」といわざるを得ないだろう。日本の行政は一度決めたやり方を変えることができず、真実を追究する精神を強く持たないようだ。総務省で電話に出た係が問題点をスラスラ答えたことからも、職員自体がこのデータの信憑性を疑問視していることがわかる。近年、「失敗の本質」など、日本社会の構造的な弱点を論じる書籍が多く出版されているが、それにも相通ずる問題があるようにも思えた。
正しいデータを
それにしても、クリーニング業界紙はいつもこういうデータを大きく一面で報じ、データについてなんの疑いもなく支出の減少を嘆く記事ばかり書いているが、抽出方法についての記載を見たことがない。ただひたすら「クリーニング需要は落ちている」と二十年間も書いているだけ。なんの芸もない。今後は一つ踏み込んだデータなどにより、業界の実情を明らかにしてもらいたい。各業者においては、信憑性の低いデータで嘆いていても仕方がない。
会社経営者は自社の数値を正しく把握しなければならない。その意味でデータは非常に貴重である。そのデータに信憑性がないのなら困った話である。ともかく、現時点で私たちは「クリーニング需要はそれほど下がっていない」ことを認識すべきだろう。
需要減、といいたい理由
なぜこんなフェイクニュースが二十年間も流れ続けているのだろうか?クリーニング会社の中には、ずっと成長を続け、発展しているところもあるのに、「需要が下がった」、「厳しい数字だ」と言い続ける一団がいるように思える。意識的にクリーニング業を「ダメだ」といいたい人たちがいるような印象だ。この理由は何か。
クリーニング業は厚労省管轄であり、昭和32年施行の生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)で管理されている。この法律の趣旨は昭和30年頃の業界状況を反映しており、「クリーニング業などは零細業者ばかりですぐ潰れるので行政の管理が必要」というものである。クリーニング業者は社会的弱者であるとし、だから行政が見守らなければいけないとの理由で天下り先を創設、甘い汁を吸うという行政の都合と、「オレ達は零細なんだ、貧乏なんだ、かわいそうなんだ、だから金くれ」と言い続ける厚労省認可団体の要求がある。実際、クリーニングへの助成金、補助金はすべて、業界の一部に過ぎない認可団体にしか流れていない。
認可団体が助成金を受け続けるには、クリーニングは零細で貧乏であり続けなければならない。需要が下がり続けている、といつまでも主張する原因はここにあると思われる。
これはクリーニング業の健全な発展にとり、はなはだ迷惑な話である。クリーニングは社会の一員として機能しており、おおくの顧客に受け入れられた立派な会社もある。それなのに、一部のエゴで「オレ達は貧乏だ、零細だ」といわれるのは業を貶める結果となる。「需要が3割に下がった」は完全なフェイクニュース。即座にやめてもらいたい。
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