外国人技能実習生と生衛法

外国人技能実習生と生衛法

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 日本のクリーニング業界は、その「働き手」を外国人技能実習生に大きく依存して日々作業が行われている。その中で、外国人に対するひどい扱いがある。この様な状況を生み出したのは、昭和32年に施行された「生衛法」という法律である。この古くさい、旧態依然の法律が結果的に外国人技能実習生を日本に呼び寄せ、苦しめる現実を説明したい。

 生衛法の施行

 生衛法の正式名称は「生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律」といい、昭和32年6月3日より施行された。衛生に関わる18業種(クリーニング業、理美容業、すし屋、中華料理屋、そば屋、銭湯、映画館、旅館業、社交飲食業など)を管轄している。

 その第一条はこのように記されている。

この法律は、公衆衛生の見地から国民の日常生活に極めて深い関係のある生活衛生関係の営業について、衛生施設の改善向上、経営の健全化、振興等を通じてその衛生水準の維持向上を図り、あわせて利用者又は消費者の利益の擁護に資するため、営業者の組織の自主的活動を促進するとともに、当該営業における過度の競争がある等の場合における料金等の規制、当該営業の振興の計画的推進、当該営業に関する経営の健全化の指導、苦情処理等の業務を適正に処理する体制の整備、営業方法又は取引条件に係る表示の適正化等に関する制度の整備等の方策を講じ、もつて公衆衛生の向上及び増進に資し、並びに国民生活の安定に寄与することを目的とする。

 昭和30年代、生衛法の対象として選ばれた18の業種はおおよそ「会社」と呼べる事業所がなく、家族で稼働する零細業者ばかりだった。彼らが困らないよう、行政が介入し、支える趣旨の法律だった。事実、この時代には生衛法はよく機能し、零細な産業を支えていた。昭和の時代には、銭湯の入浴料も全国一律だった。各業種には生衛法に従って生活衛生同業組合(生同組合)が結成され、初期には安定していた時期もあった。

 昭和40年代にこの構造が一変、優れた洗濯機や仕上げ機が開発され、取り入れた業者が生産性の高いクリーニング工場を建てていった。クリーニングが企業化したのである。価格も安くなり、大手業者は市場を圧倒した。生同組合は反対運動を起こしたが、顧客は大手業者を指示し、市場は奪われていった。この様な企業化傾向はクリーニングが最も早かったが、すし屋には回転寿司が現れ、飲食業には全国チェーンが展開され、理美容にも千円カットが登場した。各業種に登場した大手は、古い職人体質の生同組合員から顧客の多くを奪った。これにより生衛法はほぼ有名無実化した。

 

ブラック企業の登場

 しかし、業界の様相が大きく変わっても、行政は生衛法を順守し、相変わらず生衛業を昔のままとしている。平成元年には各都道府県に生活衛生営業指導センターが置かれ、それらを中央の全国生活衛生営業指導センターが管轄した。これこそが厚生労働省の天下り機関である。彼らは生衛業種はすべて零細業者と解釈し、「業者が困らないよう、管理、支援する」として天下り先を確保した。

 現実とは乖離した行政管理のもと、業界は無法状態となる。各業界はやりたい放題となって業務拡張へ向い、価格競争が起こった。「過度の競争」を避ける目的のはずの生衛法が、実際にはかえって各業界の安売り合戦を助長しているのである。

 価格競争の末、各企業は経費節減に走り、比重の高い人件費を抑えようとする。このためサービス残業が増え、企業がブラック化する。ブラック企業として知られる全国居酒屋チェーン、牛丼チェーン、回転寿司チェーンなどは、実はいずれも生衛業に属する職業である。実は、行政の天下りがブラック企業を誕生させたのだ。

 そして、厚労省の天下り組織を支援するのが他ならぬクリーニング生同組合である。生同センターのホームページを見ると、活動の半分以上がクリーニング関連で占められている。社会に何も貢献しないこの組織に無理矢理理由付けをしているのが、零細なクリーニング業者達なのだ。

 2010年、民主党政権化で事業仕分けが行われた際、生同センター活動の一部が廃止と決定された。これに対し、全ク連を頂点とするクリーニング生同組合は全国の業者達に存続希望の手紙を書かせ、「有識者」が登場して密かに存続させた。行政とクリーニング業界にはこんな相互関係が続いている。日本にブラック企業が跋扈させているのは、結果的に零細クリーニング業者ということになる。

 

技能実習生の「活用」

 会社がブラック化すれば、従業員は嫌気がさして辞めていく。慢性的な人手不足の中で各業者が飛びつくのが外国人技能実習制度である。外国人はつらくても辞められないからである。かくして多くの低価格業者が外国人技能実習生を受け入れている。

 技能実習生は、各地域の最低賃金で働かされる。日本の労働者と同様、高い生産率を達成するため厳しいノルマが課せられる。1年しか滞在せず、日本語もほとんどできないのに、日本人と同じ生産性を要求されるのだ。そして彼女らは日本人より安い労働力なので、朝と作業終了後の掃除、機械のメンテナンスまでやらされる。クリーニング工場は引火性溶剤を使用しているが、最近の報告では、ドライ洗濯機のフィルター交換まで女性の実習生にさせているという(これはたいてい男性の仕事)。危険で汚く、きつい仕事はあまりに屈辱的で人種差別的である。その上実習生達は工場の一角を改装した仮の住居に住むことが多い。工場はボイラーの熱で暑く、いい環境ではない。それでも門限が定められ、守れないとペナルティもあるという。

 また、日本のクリーニング業界では近年、意味もなくシミ抜き料金を取ったり、加工料金をやたら取ったりする「トッピング商法」が問題となり、マスコミにも指摘されている。こういう怪しげな行為を行う企業ほど外国人がいる。インチキを外国に輸出するようなもので、これのどこが「技能実習」かといいたくなる。

 これはクリーニング業に限った話ではない。他の生衛業もたいてい人手不足で、外国人技能実習生を頼りにしている。もはや生衛業は、外国人なしには成り立たないのが現状だ。

 

生衛法の改正を

 三丁目の夕日時代に施行された時代遅れの生衛法が今もゾンビのように生き残り、零細業者を勲章でおだてて業界の代表とし、役人が私腹を肥やした結果、ブラック企業が跋扈し、日本人労働者を苦しめるばかりか、外国人までひどい目に遭わせているのが現在の日本である。

 最近、文部科学省の天下り問題が取りざたされているが、これは厚生労働省も同様である。社会が大きく変化しても、都合よく情勢を解釈するのはどこの省庁も同じ。海外から非難囂々の外国人技能実習制度を、平然と「問題なく運用されている」とぬかす法務省がいれば、厚生労働省は生衛業種を現在も「かわいそうな零細業者の集団、だから天下り先の生活衛生営業指導センターが必要」とうそぶく。ブラック企業問題も、技能実習生問題も根っこは同じである。一刻も早く悪しき生衛法の改正が望まれる。 

(2017年、外国人技能実習生権利ネットワーク発行の「実習生ネット通信」に掲載された文章です)