相談のほとんどが労働問題
このHPで何度か書いておりますが、当NPO法人クリーニング・カスタマーズサポートに寄せられる連絡の大半がクリーニング会社に勤務する従業員からの労働相談になっています。これは当方にとっても予想外の結果ですが、この様な相談がなぜ多く寄せられるのか、この点について説明したいと思います。
職人の仕事だったクリーニング
明治時代、西洋から日本にドライクリーニングの技術が伝わりました。これを習得した人はクリーニング店を開業していきましたが、当時は徒弟制の時代でしたので、クリーニング業を始めたい人は、既に開業している業者の所に住み込みで働き、技術を習得してやがて開業するスタイルが取られていました。親方と丁稚の関係だったのです。こういった中では、住み込みで働く人々は住まいと食事を提供され、後に独立を目指す人ばかりでした。この様に、クリーニングは職人の仕事として日本中に広がっていきました。
(クリーニング店の、主人と弟子達の記念写真、大正時代のもの)
クリーニング組合の結成
昭和33年、当時の厚生省の呼びかけにより、クリーニング業など18の業種(生活衛生関係営業)に組合の結成が呼びかけられ、クリーニング環境生成同業組合(現在の生活衛生同業組合)が結成されました。この頃は、どこの業者もさほど大手がおらず、業界はまとまっていました。
47都道府県にはそれぞれクリーニング生活衛生同業組合(生同組合)が結成され、それを中央の全国クリーニング生活衛生同業組合連合会(全ク連)がまとめるというスタイルが確立されました。
(この様な状況はほかの「生活衛生関係営業」と呼ばれる業種も全く同様です。他の業種にはすし業、飲食業、社交飲食業、ソバ屋、中華料理業、銭湯、映画館、旅館などがあります)
(生活衛生関係営業の職種。昭和32年にはこんな区分が成されていた)
大手業者の登場
昭和40年頃になり、クリーニングの世界にも生産性の高い洗濯機、乾燥機、仕上げ機が登場しました。そういった機械を利用し、それまでにはなかった生産性の高い工場を建て、周辺地域にいくつも取次店を開店させていく業者が登場しました。大手業者の登場です。
それまで、クリーニングの職人はアイロンだけで仕上げていて、ワイシャツを1時間に10枚仕上げられると、かなりの名人でしたが、開発された仕上げ機では素人が二人で1時間に100以上も仕上げることができます。大手業者は高い生産性を武器に価格をぐっと下げ、勝負してきました。大手業者は次第に増えていきました。
どのような業種にもイノベーションが起こり、産業革命のように生産性が飛躍的に伸びる時期がありますが、クリーニングの場合はそれが昭和40年頃でした。日本は高度成長期にあり、タイミングも非情に良かったのではないでしょうか。
(大手業者のクリーニング工場、1990年代の光景)
(高い生産性を持つワイシャツプレス機。これら機種の登場によってクリーニング業界は大きく変わった)
既存業者の嫌がらせ
ここで、既存業者はなんと大手業者の嫌がらせを始めました!
まず、大きくなった同業者を、組合から追い出すような行為が多くなりました。組合入りを希望する新規業者も、組合になかなか入れさせません。
さらには、既存業者達は新規大手業者の店舗の前に集まり、プラカードを立てて経営者を誹謗中傷したり、臨時店舗を建てて客をそちらに誘導したりしました。あまりにも露骨な営業妨害です。
この様な行為は各地で行われ、大手業者の自宅に組合の業者達が大勢で押しかけ、営業中止を強要したり、大手業者の配送車のフロントガラスを破ったりと、かなりひどい嫌がらせが数多く行われていたようです。
自由競争の日本で、おおよそ信じられない話ですが、クリーニングは昔から縄張り意識の強い商売で、商圏の重なる業者同士は大変仲が悪い場合が多いのです。個人業者の場合には、それまでの業界が非情にのんびりしていたので、慌てたのでしょうが、この様な犯罪まがいの実例については、業者の見識の低さ、常識の無さを感じます。
これは生活衛生関係営業の中でもクリーニングでだけ起こった問題です。寿司屋さんが回転寿司店に嫌がらせをしたり、床屋さんが1000円カットの店で営業妨害したことがあったでしょうか?それだけ、クリーニングはいがみ合い、憎しみ合いが強い業種であるともいえます。
しかし、大手業者の進出は止まらず、業界のシェアのほとんどは大手業者のものになっていきました。現在では、生同組合の市場シェアは20~25%程度と思われます。現在でも、個人業者は高齢化などによってどんどん減っており、ますます大手業者のシェアは高まっています。
(生同組合の大手業者に対する妨害行為。こんなひどいことが行われていた。市場原理を全く無視した、エゴだけの有り様である)
居座る個人業者
こういう状況であるにもかかわらず、クリーニング業界の代表は、生同組合とみなされています。それは、昭和32年に制定された生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)が現在も変わっていないからです。
この中では、生活衛生同業組合は法律で認められた組織であり、業界唯一の厚生労働省認定組織となっており、たとえ零細業者ばかりであり、市場シェアはほとんどないとしても、一応は行政が唯一認可している団体なのです。法律で決まっている以上はやはり「代表」なのでしょう。
個人業者達は職人タイプの人たちも多く、職人は体が動かなくなるまで引退しないので、役員も高齢者が目立ちます。年齢が高くなると、発想も古くなり、余計に旧体質維持の姿勢が強くなります。
また、こういった生同組合には天下り組織などが張り付いており、行政も天下り維持のため現状を変えようとはしません。行政の応援もあり、彼らは「業界の代表」として君臨しているのです。
生衛法が成立した昭和32年には、まだ徒弟制度の因習が残り、会社化しているクリーニング業者はほんの少数だったため、従業員に関する問題は全く取り上げられていません。「クリーニングは従業員のいない産業」とみなされているのです。
(毎年行われる生同組合のクリーニング大会。超高級ホテルに、厚生労働大臣などを呼んで行われる。これだけ見ればクリーニング業界の代表として誰もが疑わないと思うが、実態は市場シェア20~25%程度)
大手業者の低価格競争
大手業者はほとんどが組合から除外されましたが、クリーニング業を営むことに何の問題もありません。むしろ、組合が自分たちで居座っていることで、自由に展開することができます。そこで、各業者はどんどん展開し、市場はますます大手業者の天下となっていきました。
大手業者はお互いに競争を始め、低価格でどんどん市場を伸ばそうとします。この業界は30年以上、激しい価格競争が続いています。価格を安く提供するのはいいのですが、あまりに低価格だと、いろいろ別の問題も出てきます。
問題とは、まず、消費者問題です。激しい価格競争の中で、当NPOが指摘するような様々な不正行為が起こっています。不可思議な追加料金、効果不明の加工、景品表示法違反、二重価格などです。これらを止める人は現在のところおりません。
次に、労働問題です。激しい価格競争が続くと、そこで働く人々の賃金にも影響が出て、労働環境が悪化します。特に、悪質な業者はどうやったら残業代をごまかせるかとか、経費を従業員持ちにするかとかを考えるようになります。当NPOに労働相談が多いのは、そのためです。
(大手業者数社のチラシ。40年にわたり、クリーニングでは安売り競争が繰り広げられている)
労働問題を全く論じない生同組合
2014年11月、福島県のクリーニング生同組合理事会で、労働問題を提起し、県内のパート店員が残業代をもらえずに団体交渉が行われているという話題を出しました。理事達は、まるで自分とは関係のないことであるかのように、「わしらは人を雇ってないから関係ないのじゃ」といいました。この様に、厚労省認可の生同組合が個人業者ばかりなので、労働問題が話題にならないのです。
これは全くおかしな話です。クリーニング業界では何千、何万という人達が働いています。それなのに、国が認めたクリーニング組合が、従業員が誰もいない零細業者ばかりを幹部にしているので、労働問題が全く語られないのです。
日本のクリーニング業界を代表する団体が、「クリーニングには働いている労働者なんていないのじゃ」などと言っていたら、この業界で働く労働者は永遠に浮かばれません。
現在でもクリーニング生活衛生同業組合のほとんどは零細業者ばかりで運営し、大手業者を入れようとはしません(一部に進歩的な都道府県の組合があります)。
また組合加盟者の大半は年商1000万円以下の零細業者であり、運営が苦しいところが多く、他の労働者のことなど考えていられません。なぜそんな人たちが組合で理事長などになるかについては、別項で述べたいと思います。
当NPO法人クリーニング・カスタマーズサポートの役割
当NPOは、「クリーニング業界の正常化」を目指して設立された団体ですが、当業界で働く従業員達がこんなに苦しんでいるとは当初予想していませんでした。しかし、他に換わるものがない以上、こちらで取り組むしかありません。
最近は他のNPOや労働組合と協力して、この問題に取り組んでいます。労働問題に関しては大変熱心な団体もあり、当NPOも積極的に協力しています。
まとめ
○日本のクリーニング業界は、厚生労働省が唯一認可しているクリーニング生活衛生同業組合が中心だが、この団体は零細業者ばかりなので労働問題が話題に出ず、クリーニングの労働問題は放置されている。
○生活衛生同業組合は、市場シェアの大半を占める大手業者を排除しているため、結果的に全く束縛のない大手業者のうち、モラルのない業者が低価格競争を際限なく行い、ブラック企業化している。
○行政は、天下り先維持のため、クリーニングの労働問題に手を出さない。
ほとんど日本社会の縮図を見るようなものです。