現状維持の微調整
クリーニング業界の不正を擁護する厚生労働省のトンデモ対応
秘密主義のクリーニング業界
当NPOが以前より問題視していた保管クリーニング(保管クリーニングを歌いながら実際にはいつまでもクリーニングせず、放置している問題)は、9月12日にウェブ上でその実態が明かされ、大手保管クリーニング業者が10月頃にクリーニング3社に急に下請けを頼み、大量に送られてきた衣料品の山の中にはカビだらけのものもあったことが一般にも知られることとなった。
https://dot.asahi.com/articles/-/201129?page=1
(保管クリーニングの問題を扱った記事)
しかしながら、業界は水を打ったように静かである。業界関係者は、この問題にはできるだけ触れないようにしている。業者どうしの話題にすらならない。
その理由は、あまりにも多くの業者がこの怪しいやり方に手を染めているからである。日本の上位売上30社を調べても、やっていないという業者はほとんどいない。中には、「えっ、あの会社も!」というところもあるくらいだ。
このように、日本のクリーニング業界は秘密主義となり、業界では一般的なやり方なども、消費者には知られないようにしている。日本ほど消費者がクリーニングを利用する国はない。そういう消費者を裏切るような行為であり、切なくなるような息苦しさを感じる。
このような問題は2017年にも発生している。大手業者の保管クリーニング事業が返す直前まで洗わずに放置されたことが内部告発によって知られた。そのときは朝日新聞が大きく扱い、テレビでも数社が取り上げたが、やはり業界で話題にならず、各業者は同じように「放置クリーニング」を続けた。
おそらく、ここで各業者は味を占めたのだろう。業界で秘密にしておけば、外に漏れることはない。我々の秘密は我々だけのものにしておこう。このように思ったのだろう。
今回は厚生労働省が問題
しかし、今回は別のとんでもない問題が発生した。
今年(2023年)6月、参議院議員の方が当方の話を聞いていただき、保管クリーニング問題に関し、厚生労働省の担当者を呼んでその実態について話を聞いた。実際のところはどうなのか、ということを知るためである。厚生労働省からは、厚労省生活衛生課課長補佐と、生活衛生課指導係長という役職者が来たという。
彼らの説明は驚くべきものだった。
① 保管クリーニングに関しては、クリーニング業界団体からそのような業務の存在を聞いている。
② 連合会からは、「すぐに洗わない実態があることは把握しているが、洗濯物の状態に応じてすぐに洗うものと、後回しにするものを判断しているようだ」との報告を受けている(つまり、すぐに洗って保管するわけではないことを把握している)。
③ その際も、保管場所や保管環境には配慮しているようだ、と聞いている。
その上で、
④ 機械の稼働率の関係で、どうしても閑散期があるので、ある程度はすぐに洗わない実態もやむを得ないのではないか?
⑤ 洗わず放置しているものについても、それぞれの洗濯物を確認して、汚れの少ない物など緊急性の低いものを後回しにしているようだ。
なんと行政担当者は保管クリーニングの問題点を把握していながら、それを容認するような話をしたのだ。政治家の方もかなり驚き呆れたようだが、こちらにも連絡があり、唖然とした。厚生労働省が保管クリーニングといいながら、衣料品をしばらく洗わないような行為を「仕方がないじゃないか」としたのには驚いた。厚生労働省は、消費者を欺くような行為を、「これはセーフ」と認めていることになる。
現状維持の微調整
全く理不尽な話だが、これには日本の行政特有の習慣が見え隠れする。
昭和25年施行のクリーニング業法と昭和32年施行の生衛法により、クリーニングは厚生労働省によって管理されている。生衛法はクリーニングなどの商売で過剰な価格競争が起こらないように管理する法律で、クリーニングを含め16の業種にそれぞれ生活衛生同業組合を結成させ、管理した。昭和30年代は零細業者しかいなかったのでこれで良かった。
しかしその後、生産性の高い洗濯機、乾燥機。仕上げ機が開発され、業界には大手が登場、大量生産で安い価格で顧客を集めるようになる。現在は日本中どこの地域でも市場は大手業者の寡占状態であり、たいていの大手業者は生活衛生同業組合に未加入のため、生活衛生同業組合のシェアはほんの数%しかないと思われる。そういうわけで、現在、生衛法は全く意味のない、機能しない法律となっている。
しかし、クリーニングを含む16種のサービス業種には多くの利権があり、厚生労働省には生活衛生営業指導センターに代表される天下り先がある。彼らはこれを失いたくない。そのため、彼らは現状を維持しつつ、新たに起こった問題に対処するため「微調整」するのである。
今回、厚生労働省は「クリーニング所における衛生管理要領」を一部変更して対応した。これこそまさに「現状維持の微調整」である。図のように、「受取後に一定に期間が経過してからクリーニングする場合など、クリーニングに当たり特に説明を要する場合については、利用者に対してその旨を説明し了解を得るとともに、適切な衛生管理下で保管すること」という文言が付け加えられた。
これは絶対誰もやらないだろう。保管クリーニングを依頼する客に、「実は保管というのはウソで、ずっと後から洗うんですよ」などと言ったら、どんな客も怒って品を持って帰るに違いない。現実にやらないことを加えるなど、本当に無駄な話である。
日本のクリーニングのシェアは大手業者が9割以上であり、零細業者ばかりの生活衛生同業組合はほんの一部である。しかし、厚生労働省の認識では業界の中心は生活衛生同業組合である。大手業者が大部分であるのが認められると彼らの現状維持が崩れてしまう。だから、厚生労働省は大手業者のやらかすことを「現状維持の微調整」で処理するのである。こういうわけだから、クリーニング業界は問題ばかり起こるのである。
(厚生労働省により今回書き直された「クリーニング所における衛生管理要領」の部分。これで済まそうとしている)
クリーニングは厚生労働省の管轄でなくていい
現在の日本は国際競争力が低下し、落ち目の状況にあるという。それは、こういう行政の姿勢などにも表れている。自分たちの利権を維持するため、新しく起こった問題にはすべて「現状維持の微調整」で対応するのでは、事実が大きくゆがめられるばかりである。昭和32年に施行された70年近く前の法律を現代に当てはめられたのではおかしくなるのは当然だ。厚生労働省には現在の「三丁目の夕日史観」を直ちに止めてもらいたい。
彼らも現実を知らないわけではない。しかし「自分のいるときは無事ですませたい」、「波風は立てたくない」という保身が、事態を一歩も前へ進ませない原動力となる。こういった状況は、果たしていつまで続くのだろうか?
そもそも、クリーニングが厚労省管轄である必要はもうなくなっている。昭和20年代、30年代には日本も衛生状態が悪く、技術も進んでいなかったので必要だったのかも知れないが、もう何十年間もクリーニングの世界では衛生上の問題など発生していない。食中毒などが心配な飲食業ならともかく、通常の衣料品を扱っていてそんな問題が発生するわけがない。強いていえば病院関連などの品を扱うリネンサプライは必要かも知れないが、一般家庭の衣料品や寝具を扱っていて、いちいち保健所の申請だの許可を取る必要があるのか疑わしい。
結局、ここには利権があり、厚生労働省もクリーニングを手放したくないのだ。彼らの天下り先である生活衛生営業指導センターのサイトを見ると、業種は16もあるのに、クリーニングに関するものがやたら出てくる。厚生労働省にとってクリーニング(生活衛生同業組合に関して)はいいカモになっているのだ。
しかし意味のないものである以上、これは税金の無駄遣いでしかない。政治も行政もクリーニングに関しては零細業者しか相手にしていない。だから市場の大半を占める大手業者は野放しとなり、不正が横行し、ブラック企業が誕生するのである。
クリーニングは厚生労働省管轄を外してはどうか?そうなれば業界は大幅に改善されるだろう。