クリーニング業法は廃止すべきである

クリーニング業法は廃止すべきである

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クリーニング業に必ず必要なクリーニング師の資格

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 クリーニング師試験に合格すると、この様な免許証が与えられる

 現在、全国に約10万軒のクリーニング店があるが、そのうち、実際にクリーニング作業を行う「クリーニング所」は、25000軒ほど。このクリーニング所には、昭和25年施行の「クリーニング業法」により、必ず「クリーニング師」の資格を持つ人物が在籍していなければならない。もし、工場を5つ持つクリーニング会社があれば、そこには必ず5人以上、クリーニング師が必要ということになる。

 クリーニング師は、クリーニング師試験に合格することによって得られる資格である。クリーニング師試験は各都道府県ごとに毎年一回行われる。試験の内容は、ほとんどの都道府県で公衆衛生や衛生法規に関する筆記試験と、ワイシャツをアイロンで仕上げる実技試験などの両方がある。実技試験は各地で記事の素材や薬品を当てるものなども行われている。

 クリーニング師試験は必ずしもクリーニング業者だけが受験しているのではなく、介護施設や洗濯を行う新興産業の人々も年々数を増している。現行の法規ではこの資格が必要な産業もあり、毎年各地で多くの方々が受験している。

 

時代遅れのクリーニング師試験

 しかしこのクリーニング師試験、現代の実情に見合っているかといえば、とてもそうとは思えない。

 クリーニング師を定めたクリーニング業法が成立したのは昭和25年(1950年)、まだ進駐軍が日本を支配していた時代である。当時は衛生状態も悪く、公衆衛生を学ぶ姿勢はわかるが、それからもう70年近くも経過し、現代の衛生状況は当時と比較にならないくらい向上している。これだけ状況が変化したのに、試験内容が全く同じなのは、なんともナンセンスである。

 一番おかしいのはアイロン実技試験。この実技試験は70年前のアイロンで行われる、「16ポンド」という、進駐軍占領時らしい単位で呼ばれるアイロンは、その通り、重さが16ポンド(約7.3キロ)ある。これは、ボウリング場にある一番重いボールの重さである。サーモもなく、二つのスイッチで温度調節しながら使用する前時代的な代物。あまりにも重すぎ、女性には大きな負担がかかる。

 現在、市場の8割は大手クリーニング業者が占めているが、そこではこの様なアイロンは使用されない。使い勝手が悪いし、危険でもあるからだ。職人名人芸の小道具みたいなもので、現実に使用されることの希少なアイロンを使って試験が行われる矛盾がある。このアイロンでワイシャツを仕上げる実技試験がほとんどの地域でいまだに行われている。

 そして、その出来を判断するのはその地域の生同組合員。ほとんどが零細業者である。自分とバッティングする大手業者の従業員も試験を受験する。これで公平な判断ができるとはとても思えない。

 この様に、クリーニング師試験は70年前そのままの化石のような状態で現代も行われている。クリーニング業者ばかりでなく、介護など他の事業の方々も受験していることを考慮すれば、あまりにバカバカしい資格制度である。

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  クリーニング師試験で使用されるアイロン。この様な原始的なアイロンは大手業者ではほとんど使用されていない。

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家電製品100年の変遷を示す朝日新聞の記事(2018年2月25日付)。1920年代に登場した旧式アイロンがいまだにクリーニング師試験で使用されている。

女性の社会進出を妨害

 クリーニング業法が施行された昭和25年当時、クリーニングは男性の仕事だった。男性が既存の業者に丁稚奉公して修行を積み、やがて独立していくというのが定石だった。当時は現在のように優れた仕上げ機は存在せず、もっぱら重いアイロン一丁で作業するのが普通だった。

 ところが、現在、クリーニング会社に勤務する人の8~9割は女性である。店員も工場も働いているのはみんな女性である。男性の仕事から女性向きの仕事へと移行したのだ。それなのに、重いアイロンの実技試験があるのは明らかに時代錯誤であり、女性の社会進出を阻んでいるともいえる。

試験の講習会は生同組合の資金源

 零細業者しか持っていない旧式アイロンで試験が行われるということは、このアイロンで練習することができない。これでは、クリーニング業者以外は試験に合格するのは不可能である。新しくクリーニング店を開きたい人や、介護分野や新興産業でクリーニング師資格の欲しい人は、どうしようもない。

 しかし、一つだけ道がある。というか、唯一の方法がある。

 それは「クリーニング師試験講習会」を受講することである。各都道府県の試験の一ヶ月ほど前、たいていの県ではその地のクリーニング生同組合が「クリーニング師試験講習会」を開催している。この講習会では、筆記試験の他、旧式アイロンによる実技練習も行われ、アイロンを持たない人でもここで練習することができる。旧式アイロンを持っている人が昔の業者以外にいるはずもなく、既存業者以外はこれを受講するしか方法がない。

 ところが、この講習会、一回の受講料が安いところで3万円、高いと6万円もする。これしか方法がないことで、生同組合も受講者の足元を見ているわけだ。これだけ払っても試験の合格が確約されるわけではなく、落ちたらまたやらなければならない。受講料は生同組合の収入となり、彼らを潤わせる。まさに利権だ。

 そもそもクリーニング師試験は、筆記試験の公衆衛生など、完全に戦後間もなくの社会を背景にしており、環境衛生が発達した現代ではほとんど意味のない知識である。筆記試験からしてナンセンスなのだが、実技試験も上述の通り現実にはほとんど行わない作業の熟練が必要で、バカバカしいとしかいいようがない。

 こんなナンセンスな試験に疑問を感じ、行政にクリーニング師試験の矛盾を問いただした新聞記者がいたが、担当者の答えは、「実技試験の廃止には高齢の生同組合員が反対している」とのこと。人の弱みにつけ込み、バカ高い受講料を取って金を稼ぐ生同組合のジイさんたちは実に卑劣である。

 2009年にはこういった街のクリーニング業者達のうち、半分以上が建築基準法に違反して違法操業を続けていることがわかった。自身が違法状態なのに、アイロンの先生になる資格があるのだろうか。

クリーニング師試験

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 クリーニング師資格の現実離れした状況を説明する新聞記事(日本経済新聞2015年3月4日)

実技試験のない県がある!

 しかし、クリーニング師を目指す人びとに救いがあった。それは、クリーニング師試験が筆記試験のみで、実技試験がない県が存在するのである。

 千葉、長野、福岡、長崎、大分の5県では、現在、クリーニング師試験は筆記試験のみ。聞いてみたら、実技試験がないことで他県からの受験申し込みが多く、特に介護関係などクリーニング業者以外の受験者が多いという。受験者も研究しているようだ。

 しかし、これらの県も「他が実技試験があるのに、そこだけないのはおかしい」などとプレッシャーを受けており、「アイロン試験を推奨している人がいる」とのことで、今後はあの忌まわしい実技試験が復活するかも知れない。

 また、福岡県では「毎年7,8割が合格していたが、昨年は4割まで行かなかった」と急に難易度が高くなったところもある。受験者が集中することを見越し、合格率を下げたのだろうか。そもそも誰がそんなことを操作しているのだろうか。

 クリーニング師試験は刑務所の中でも行われている。川越少年刑務所では、受刑者更生のためクリーニングの研修も行われている。そして、ここでもクリーニング師試験が行われている。クリーニング業者達による見学が行われたとき、「今年の試験では受験した受刑者の全員が合格した」と聞いたが、一般の方があまり合格できないのに、受刑者が全員合格するのはおかしい。そもそも基準があまりにも曖昧である。

 

社会発展の足かせ、クリーニング師試験

 いろいろ調べてみると、現行のクリーニング業法は、昭和25年、戦後に復員してきた元兵士達のため、仕事をさせる目的として施行された法律の一つであるらしい。そうなると、現代では全く意味のないものである。

 日本のサービス業の労働生産性は低いといわれている。それはそうでしょう。70年前の骨董品のようなアイロンを使ってたのでは、生産性が上がるはずはない。逆に言えば、こんな大昔の法律を撤廃すれば、日本社会の悩みの一つを解決できるということだ。

 衛生上の目的で、クリーニング業でない人びとでもクリーニング師の資格を取得する必要がある場合があり、特に女性にとって、重くて原始的なアイロンでワイシャツを仕上げる試験など、昔ながらの業者のエゴでしかなく、現代の人々には苦痛以外の何物でもなく、「制度のパワハラ」ともいえるものである。

 介護事業、災害時の活動、新興産業の新事業にこのクリーニング師を必要とするのはナンセンスであり、社会発展の妨害となり、イノベーションを阻害する結果にしかならない。こんなことは誰が考えてもわかることだ。

 一刻も早くクリーニング師試験制度を止め、クリーニング業法を廃止すべきである。

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