クリーニングの温室効果ガス問題
2009年7月、全国三位の大手クリーニング業者の石油系溶剤不正使用が発覚、全国で半分以上の業者が違反状態であることがわかった。業界に動揺が走ったが、建築基準法ではドライクリーニング溶剤を非引火性に変更すれば合法となる。そこで、業界では「ソルカンドライ」と呼ばれるフロン系溶剤に注目が集まった。機械業者はどんどん専用洗濯機を量産し、新たに参入する機械業者も登場した。
最初に不正で摘発されたクリーニング業者はこの流れに便乗、「環境にやさしい」などと宣伝し、機械業者と提携してセミナーなども開いた。違反状態の業者達は次々とこの機種を導入し、ソルカンドライを使用した。
業界団体の全ク連(厚生労働省が唯一認可する団体)もソルカンドライの導入に税制優遇措置を付けてバックアップし、推進した。
ところが、ソルカンドライは代替フロンガスの一種であり、本名がHFC365mfc(または1.1.1.3.3.ペンタフルオロブタン)という紛れもない温室効果ガス。このようなものを「環境にやさしい」などとクリーニング業界では宣伝している。
2012年9月、環境NGO「気候ネットワーク」は他の団体と連名で「グローバルな温暖化対策に逆行するクリーニング業界」という声明を発表、広く配布したが、クリーニング業界は業界をあげてこれを完全に無視している。
5月31日には国会の環境委員会でこのクリーニング溶剤が取り上げられたが、それでも業界は何一つ話題にしないでいる。
建築基準法違反を業界の秘密としていたクリーニング業界は、温室効果ガスも世間から隠そうとしている。まさにクリーニング業界の悪の実態を示すものである。
ドライクリーニングの仕組みと日本のクリーニング業界
水洗いとドライクリーニング
クリーニング店は、客から預かった衣料品などを水洗いとドライクリーニングの二つの方法で洗う。洗い方は衣料品の素材などで選ぶ。
水洗い---昔から伝わる洗い方。ワイシャツ、綿製品などに向いている。
ドライクリーニング---18世紀に始まったクリーニング方法。水以外の溶剤で洗う。水洗いすると縮むウール、絹、テンセル、レーヨンなどの衣料品に向いている。
初期のドライクリーニング洗濯機
ドライクリーニング溶剤の種類
ドライクリーニングの溶剤には何種類かあり、そのうち実用的で普及しているのは三種類。
○石油系溶剤---日本で一番使用されている。約9割の業者が使用。ほとんどの衣料品が洗える。引火性溶剤のため、建築基準法で商業地、住宅地での使用が禁止されている。
○塩素系溶剤(テトラクロロエチレン)---もっとも洗浄力が強い。昭和40年代には大変普及したが、土壌汚染を引き起こす上、発ガン性の疑いがあり、急速に減少した。
○フッ素系溶剤(CFC)---沸点が低いため衣料品に優しく、1980年代に広まったが、オゾン層を破壊するため1990年に製造が禁止、2000年には使用も禁止された。
○代替フロン溶剤(HFC365mfc)---フロン溶剤が禁止されたため、開発された溶剤。オゾン層は破壊しないが温室効果ガスであり、地球温暖化係数は794。
日本のクリーニング業界
日本のクリーニング業界は、明治時代に「西洋洗濯」としてドライクリーニングが普及したことから始まる。当時は徒弟制度の中で技術を学び、やがて開業する業者が多かった。
昭和32年、当時の厚生省の呼びかけで全国47都道府県にクリーニング環境衛生同業組合が結成され、それを全国クリーニング環境衛生同業組合連合会(全ク連)がまとめた。
昭和40年以降、大手業者が登場し、市場を席巻したが、現在でも厚生労働省は全ク連との癒着が強く、業界は全くまとまらないまま現在を迎えている。そのためモラルが低下し、たびたび問題が起きている。
クリーニングの建築基準法問題
2009年7月、業界三位のクリーニング業者が建築基準法違反で摘発されたことを皮切りに、同年12月には業界二位も摘発され、翌年9月には国土交通省が全国で半分以上のクリーニング所の建築基準法違反が発覚、クリーニング業界の共同謀議が白日の下にさらされた。
2009年7月、大手業者が建築基準法により摘発された記事。違反業者だらけの業界は震撼した。
2009年12月、業界二位の業者も摘発。この二社は不正ノウハウを共有していた。
業界の動揺と不安を現す業界紙、結局、クリーニング業界の大部分が違反していた。
ポイント
●クリーニング業界は、共同謀議のように建築基準法違反を繰り返していた。不正をすればするほど儲かった。
●違反が発覚し、各業者は行政から改善を迫られた。
●建築基準法では引火性溶剤が問題なので、「燃えない」溶剤として代替フロン溶剤(ソルカンドライ)に注目が集まるようになった。
ソルカンドライの普及
行政は各地でクリーニング工場を訪れ、改善を促した。このため、各クリーニング業者は唯一の手段として、違法である石油系溶剤を代替フロン溶剤であるソルカンドライに変更することを選んだ。ドライクリーニングの洗濯機は溶剤によって構造が全く違うため、機械ごと取り替えなければならない。
ソルカンドライはもともと、クリーニング機械業者が一社で専門的に扱っていたが、急激な需要を見込み、別な商社もソルカンドライ洗濯機を販売するようになった。
ソルカンドライには溶剤が高い、汚れが落ちない、洗えない品、素材が多いなど欠点が多いのだが、各クリーニング業者にとっては背に腹は替えられず、急激にソルカンドライが増えた。
稼働するソルカンドライ洗濯機(山本製作所製)
建築基準法問題をビジネスチャンスととらえ、一気にソルカンドライ洗濯機の製造に力を入れる機械製作所の広告。ありとあらゆる業界の媒介に広告を載せている。
大手クリーニング業者の事情
日本の大手クリーニング業者は、ほとんどが、スーパーなど大型小売店にテナント出店して営業している。スーパーとクリーニング業者との契約書には、「法律違反の場合は契約を解除できる」と書かれている。建築基準法違反は立派な法律違反なので契約に抵触する。各業者が焦ってソルカンドライを導入したのは、こういう事情によるものだった。
スーパーに入っているテナントのクリーニング店は、スーパー側から様々な制約を受けている。
※備考
●行政の怠慢---建築基準法違反の指導に関しては、行政は全国で指導がまちまちで、おのおの全く違うことを指導している。「安全を保っていればそれでOK」という岩手県のような大甘な県もあれば、「5年以内に完全に改善せよ」などという秋田県のように厳しい所もある。共通していえるのは、自らの監督不行届には全く言及しないことである。
●テトラクロロエチレン---非引火性の溶剤としてはソルカンドライの他にテトラクロロエチレン(業界名:パーク)もあるが、土壌汚染を引き起こす上発ガン性の疑いがあり、この道を選ぶ人はほとんどいない。
ソルカンドライの正体
だが、建築基準法に違反したクリーニング業者の唯一の逃げ道であったソルカンドライは、実は地球環境を破壊する温室効果ガスだった。地球温暖化係数が二酸化炭素の794倍もあり、尋常ではない数値を示している。
クリーニング業界では、ソルカンドライが温室効果ガスであることを一切伏せられて販売されており、使用している業者ですら知らない場合がある。また、「ソルカンドライ」なる名前はクリーニング業界でしか使用されておらず、販売業者が温室効果ガスの正体を知られないため、故意に別な名前を使用した可能性もある。
ソルカンドライとは
○ 温暖化係数が二酸化炭素の794倍もある、純然たる温室効果ガス
○ ヨーロッパの一部の国家では国で使用を禁止している。
○ キャノンなど上場企業の一部で使用禁止物質にしているし、禁止していない企業でも管理物質(使用の際、会社報告が必要な物質)扱いにしている。
○ 米国有害物質規制法(TSCA)により「人又は環境に不当なリスクをもたらす、又はもたらす可能性が有ると結論付けられるに至る正当な根拠がある物質」として規制対象になっている。
○ ドライクリーニング溶剤として使用しているのは日本だけ。
大量に製造されるソルカンドライ洗濯機。それまで全く注目されていなかった機械が急遽大量生産された。
大手クリーニング業者の復興
あちこちで不正な建築基準法違反を繰り返し、違法に会社を発展させた大手クリーニング業者は違法発覚で打撃を受けた。しかし、違反した工場にはソルカンドライを配置し、巻き返しを図っていった。彼らは不正をしてドライ機を変更させられたのに、まるでそれを望んで使用したかのように宣伝した。
●ソフトな洗いで衣類にやさしい
●最高級ホテルでも使用されている高級感
●環境にもやさしい
温室効果ガスである正体を隠し、素晴らしいものとして宣伝したが、これにソルカンドライ洗濯機を製造する機械メーカーも便乗、セミナーを開いて宣伝した。違反状態で怯えていた各クリーニング業者はこれに追従し、ソルカンドライはクリーニング業界を一気に席巻した。
転んでもただでは起きない業者の商魂はすさまじいが、それにより、地球環境は確実に破壊されている。
温室効果ガス拡充!ソルカンセミナー開催
大手クリーニング業者やソルカンドライ洗濯機を販売する会社はセミナーを開催。建築基準法違反に悩むクリーニング業者達を相手に、「ソルカンドライは素晴らしい」と宣伝。この温室効果ガスを業界中に広めていった。
多くのクリーニング業者は建築基準法違反状態。行政からの指導におびえる日々を送っていた彼らは、逃げ道はこれしかないとソルカンドライに飛びついた。
厚生労働省もソルカンドライに便乗
厚生労働省が唯一認可するクリーニング団体が全ク連(全国クリーニング生活衛生同業組合連合会)だが、この団体もソルカンドライ移行の動きに便乗した。各業者が違反だらけであることを解決するため、この温室効果ガスを盛んに推進したのである。
また厚生労働省も、各クリーニング業者が現行のドライ洗濯機をテトラクロロエチレンとソルカンドライに変更することに、税制優遇措置を行って転換を推進した。
環境省が問題視しているのに、厚生労働省はそれを推進する・・・日本の行政はこの様に矛盾した行為を行っている。
厚生労働省の減税措置を扱う全ク連の機関誌。
結局は建築基準法違反隠し
厚生労働省や全ク連がソルカンドライを推進する理由は明らかである。業界全体で建築基準法に違反してきたことを隠すためである。現在も違反操業を繰り返す各業者にソルカンドライ転向を促し、合法化して操業を延命しようというのである。しかし、それが地球温暖化につながっている。
ソルカンドライを販売する機械メーカーも、洗濯機の上に「エコ・クリーニング機減税対象機」などと記載し、減税措置をアピールしている
日本経済新聞が報じたソルカンドライの記事。日経がこんなことを書いていたんでは……
環境団体の声明と業界の無視
クリーニング業界に対し、環境団体が声を上げ、クリーニング業界の組織的な温室効果ガス使用に対して声明文を発表、注意を促した。
ところが、クリーニング業界はこれを全体で無視、あらゆるところに声明文が配布されたにもかかわらず、業界紙も全く取り上げていない。自分たちに不利な情報には業界全体で無視する、クリーニング業界のゆがんだ体質がうかがえる。
2012年9月に環境団体・気候ネットワークが5団体連名で発表したプレスリリース
国会でも論議に
2013年5月31日、参議院環境委員会において、共産党・市田議員はクリーニング業界の問題を取り上げ、「温室効果ガスを環境にやさしいと宣伝している」と、特に悪質大手クリーニング業者の所業に関して批判を述べた。
温室効果ガスを「環境にやさしい」とほざくのはクリーニング業界以外にはない。クリーニング業界は、建築基準法問題のときも業界全体で違法行為を隠蔽しようとした。クリーニング業者には、社会全体に対するいびつな社会観がうかがわれる様でもある。
5月31日、参議院環境委員会でクリーニング業界の温室効果ガス問題を発表する共産党、市田忠義議員。ソルカンドライを「環境にやさしい」などと宣伝するクリーニング業者の悪行ぶりも話題に出た。
※解説
厚生労働省の減税措置では、テトラクロロエチレンとソルカンドライを導入すると減税するとしている。しかし、テトラクロロエチレンとソルカンドライは全く別物であり性格も違う。テトラクロロエチレンは過去の溶剤であり、現在、これを導入する人はほとんどいない。厚生労働省は、テトラクロロエチレンが回収率99%であることを主張し、現実にはそんな回収率は望むべくもないソルカンドライを同一視し、滑り込ませる作戦の様である。
業界全体で温室効果ガスの正体を隠蔽!
環境団体は、クリーニング業界のほとんどの団体に声明文を送り、国会でも取り上げられた問題なのに、この温室効果ガス問題はクリーニング業界で全く話題にならない。
クリーニング業界には業界紙が三紙ある。これらの紙面は、どこもこの問題を記事化していない。業界で温室効果ガスであることを隠蔽するのは、下記の理由がある。
○機械メーカーが新聞のスポンサー
クリーニング業界の洗濯機、乾燥機、仕上げ機などを製造する機械メーカーは数社しかなく、それらが業界紙のスポンサーになっている。毎回広告を出すスポンサーのことを業界紙は悪く書けない事情がある
○厚生労働省と全ク連には逆らえない
ソルカンドライの導入について減税措置を執ったのは全ク連と厚生労働省。これらに対し、業界紙は全く逆らえない。逆らうと、次から情報をもらえなくなるのである。このため、業界紙はリベラルな論調をすることができない。
○業界上位の大部分が違反業者
2009年7月に発覚した組織ぐるみの違法行為に始まった建築基準法違反問題に関しては、クリーニング業界が徒党を組んで法律に違反していたことが発覚した。その唯一の逃げ道がソルカンドライであるとすれば、共存共栄の様なクリーニング業界において、業界紙がソルカンドライのことを悪く書くことができない。
○閉鎖的なクリーニング業界
クリーニング業界の人々は、業界内の関係者としか交わらず、他の業種との交流がない。社会的にも孤立した存在であることが多く、商工会議所、青年会議所などの社会組織にも入っていない社長が多い。このため、一般常識からかけ離れた発想や行動を取る場合がある。
このような事情から、温室効果ガスであることが明らかなソルカンドライなのに、そのことが一切話題にならないのである。
クリーニング展示会でのソルカンドライのブース。会場で一番大きかった。
各業者は、厚生労働省の打ち出した税制優遇を強調する。
クリーニング業界の共同謀議的な温室効果ガス使用を批判する新聞記事
クリーニング業界は、共同謀議のように建築基準法違反を繰り返し、業界全体でその不正を隠そうとした。
それがバレると、今度は温室効果ガスを「環境にやさしい」と宣伝し、厚生労働省にまで働きかけて広めようとした。
反社会的な業者、ならびに業界関係者は糾弾するべきである。