2015年3月4日、日本経済新聞は「規制、岩盤を崩す」という特集の中で、理美容業界の問題とともに、クリーニング業界の様々な制度を岩盤規制として批判的にとらえた記事を掲載しました。この問題について、解説してみようと思います。
クリーニング師講習会は必要か?
今年の県理事会
2013年5月、福島県で行われた県組合総会の後、理事会が行われた。その中で、今後行われるクリーニング師講習会の担当者を決めることになった。高齢の理事達にとり、講習会はなかなか大変な事業。誰もが避けたいことだ。担当ともなれば、講習会の講師もすることになる。結局、順番ということで、ある人物が嫌々受けることになった。
私は「この講習会は出なくても罰則がないので、大手はほとんど出ない。大手を抑制する効果は全くない。それで皆さんが苦労するなら、いっそ取りやめにしたらどうか?民主党政権の事業仕分けでは廃止と決定されたこともある。つまりそれだけ意味がないということだ」と述べた。
すると、この組合に40年間も君臨する老事務長が、「今は自民党です!講習会は継続と決定されました!」とヒステリックに反論した。どうやらこの古い仕組みを継続したいらしい。
一度も人前で話したこともないような高齢の職人型クリーニング業者が、大勢の関係者の前で講義を行うこと自体、大きな矛盾を抱えた制度である。本人にも大きなプレッシャーがかかるだろう。ただでさえ運営の大変な個人業者達に、無理な負担をかけてまで継続する意味があるのだろうか?
クリーニング師講習会の歴史
クリーニング師講習会は平成元年に始まり、いろいろ形を変えて現在に至っている。当初は一日がかりという長い講習だったが、そんなに話す内容があるわけでもなく、その後半日となった。最初はあちこちの業者がそれなりに参加していたが、罰則規定もないので、だんだん参加しなくなった。2010年、政権が民主党になると、その目玉となった事業仕分けの中にこのクリーニング師講習会が上がり、わずかの間に廃止と決定された。受講率がかなり低いのも理由の一つとなった。
しかし、業界紙に埼玉県の一業者が登場、業界紙で「講習会は必要だ」とすると事態は一変、すぐにどこかでワーキングチームなるものが結成され、あっという間に継続となった。クリーニング師講習会を主催する全国生活衛生営業指導センターは厚生労働省の天下り先。こういうものは易々とは廃止されないらしい。民主党の事業仕分けも、実質的に廃止されたものはごくわずかだった。
講習会継続の秘密
それにしても、埼玉県の業者はなぜ講習会は必要だなどと言ったのだろうか?今年三月、私は埼玉県草加市にこの業者を訪ね、真相をうかがった。この業者は店舗、作業場、住居を兼ねた建物で待っていたが、大変親切にインタビューに応じてくれた。
それによると、この方は2010年頃、厚生労働省の役人に突然呼ばれ、意見を述べたのだという。そこには10人くらいの「学識経験者」がいて、彼の話を聞いていた。彼は、特にこの講習会に関して必要であるとの意見を述べたわけではなく、クリーニングの技術を維持するためには、なんらかの勉強会のようなものは必要ではないかとの持論を述べただけだったという。
しかし、「学識経験者」達に、クリーニング業者の意見などなんの関係もなかった。彼らは、一応クリーニング業者の意見を聞いたという「実績」を作り、密室で勝手に、クリーニング商社にはお荷物にしかならないこの講習会の継続を決定したのである。自分たちの権益はどんなことがあっても守る。それが、国民の理解を得ていなくても関係ない・・・これが、クリーニング講習会継続の真相である。
結局、民主党が看板にした「事業仕分け」において、公の場で廃止と決定されても、行政はたった一人のクリーニング業者の話を聞いただけで、この忌まわしき制度を再開したのである。はじめから再開ありきであり、あれだけ人気を呼んだ事業仕分けも、成果がないのは残念だった。
矛盾に満ちた講習会
さてその講習会だが、基本的には組合の理事とかが講師になり、「クリーニング技術」について講義を行う。大変失礼ないい方かも知れないが、街の小さなクリーニング屋さんが、大手クリーニング業者の従業員達に講釈たれるのである。
かつて業界団体会員のある業者がこの講習会に参加したことがある。そのときも講師は街の零細業者だった。その方はタンブラー乾燥機の操作方法について講義し、「100円ショップで買ったタイマーを付けておくと大変便利ですよ」と言った。この業者は驚愕した。なんと、この講師のタンブラー乾燥機にはタイマーがなかったのだ!50年前の機械を使用しているのだろうか?この業者は呆れ、二度と出ることはなかった。こんな馬鹿げた講習会に出る意味はないと悟ったのだろう。
この講習会の法案が可決された頃、ある業界団体の会員は、大手業者としてこの講習会に反対していた。しかし、多勢に無勢で法案は可決、講習会が開催されることになった。そのとき、組合理事はこの業者に講師を依頼してきた。さんざん反対していたのに、である。理由を聞くと、「俺たちには、人前で話せる人なんていないんだよ・・・」と言われた。講習会の矛盾が理解できる話である。
こういった事実を踏まえ、2012年、講習会の大元である全国生活衛生営業指導センターを訪ねた。新橋に事務所を構える同センターは10名程度の事務員が勤務していたが、話を聞いてくれた指導調査部主事は、最近の受講者減を嘆き、「数字で考えれば、早急に撤退したい」という言葉まで出た。当時話題となっていた建築基準法問題についてどのようにお考えか質問すると、そのようなことは知らないとも言われた。全事業所の半数以上が違反というクリーニング業者にとって最も深刻な問題を、ここの職員はなんら理解していなかった。これが、クリーニング業者を指導しようという同センターの実態である。
講習会は廃止すべき
改めてクリーニング師講習会について、問題点を列記してみよう。
○三年に一度の講習会は、開催する各県の組合理事にとって大きな負担になっている。組合の零細業者が苦労し、大手は無視する講習会は誰にもメリットがない。
○現在のクリーニング市場は大手がほとんどを占めている。零細業者が講師をするのは市場を無視し、矛盾した行為である。
○クリーニング師試験同様、各県でまちまちな講習会が行われ、内容が全く違う。
○零細業者達は「義理」で集められ、店を休んで講習に参加している。大手と零細の格差をますます広げる結果となっている。
○3年ごとにセンターからテキストが販売されるが、3000円以上もして高く、内容がいつも同じ。
○先の建築基準法問題では、クリーニング所の半分以上が違反という状態だった。これだけの不祥事があったのは、この講習が何ら意味を成していないことの明白な証明である。
○全国センターの他に、各都道府県には一等地に生活衛生営業指導センターがあるが、この講習以外、ほとんど仕事らしい仕事がない。負担はすべて国民の血税。税金の無駄遣いである。
○結局は天下り役人を喜ばせるだけの、悪しき日本の習慣を維持しているだけ。
このように事象を並べると、講習会の存在が結果的にクリーニング業界を蝕んでいることがわかる。単に無視していれば良いが、零細業者をも苦しめているとなれば、腹立たしくなるくらいである。この制度に関しては、2015年1月、総務省も問題点が多いので改善せよとの通達をしたが、利権にどっぷりと浸かった役人がいうことを聞くはずもない。そもそも、毎回業者の35%程度しか受講しない講習会では、存在していることが不思議である。
この制度に賛成し、推進している人たちは、腐肉の様な既得権益にすがり、自分の地位を保とうとする役人や団体幹部だけであり、こういうことでしか存在価値を示せない弱小の業者がそれにしたがっているに過ぎない。多くのクリーニング業者は、優柔不断な態度は取らず、ハッキリとした決意を持ち、この様な矛盾だらけの制度に相対するべきである。
総務省もこの様な講習会のあり方を問題視している。